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「怨みは、自分を傷つける。」とは、どう言うことか?

これは、3月23日に受け取ったものです。
ちょっと、大切だと思えるメッセージだったので、
ここに、書き記しておきます。

多くの人は、
「目には目を、歯には歯を。」と、
自分がされたことに対し、
相手も同じ苦しみ、痛みを味わうべきだと
考えているようですね。
でも、本来の、
「目には目を、歯には歯を。」の意味は、
必ず、自分が相手に与えた苦しみも、悲しみも、
そして、喜びも、感動も、
いつか自分に返ってくる。
ってだけの意味。

そのことを信じることができない誰かが、
自分に仇なした誰かに
復讐しなければならないと、
「目には目を、歯には歯を。」の意味を曲解し、
怨みを抱き続けて、復讐の念を燃やす。



怨んでいるとき、
「自分の幸不幸は、他人に委ねている。」
このことが分かりますか?

今この時この場を、
不幸にしているのは誰ですか?

怨みを抱いている人に聴けば、
「復讐したい誰かのせい。」と答えるかもしれません。
でもそれって本当ですか?


怨んでいるとき、
私は他人に不幸にさせられている。
嫉んでいるとき
私の幸不幸は他人に委ねられている。

そんな状態では、
私が幸せになることを
自分で生み出すことはできません。

私の幸不幸は、
自分で決めるもの。
誰かに決められてしまうものではないのよね。
私が幸せの種を見つけることができたなら
その種を育て大きくしていくことができるのに、
私が不幸だと思い続ける事で、
私は不幸で居続けることになる。


今、この時味わっている不幸は、
誰の責任ですか?

今、幸せの種を探して、見つ出し、
未来に希望を抱き、
その希望が実現することを信じ
歩み始めることができたなら、
それを信じることができた私は
幸せではないですか?

「必ず幸せに成れる。」
そう信じられることが、
最高に幸せなこと。


怨みに振り回されている限り、
それはできません。
嫉みに囚われている限り、
不幸で有り続けることになる。

だから、怨みを抱いてはいけないの。
だから、嫉みを抱くことは
自分を傷つけることになっていくの。


誰かが羨ましがろうとも、
私が不幸だと感じていれば不幸なの。
誰かに可哀想だと言われようとも、
私が幸せだと感じていれば幸せなのよ。


受ける気持ちは、
時と場合でいろいろ変化するけれど、
誰もが、その状況を判断し、
自分が得ていたい感情を、
自分自身で選んでるんだよ。

人はいつも
自分が出会ったシチュエーションで、
自分という役に成りきって、
自分自身を演じて、
一番感じたい感情を選んでいるの。

私が演じる役は、
自分で選べるの。

私が演じたいのは、悲劇のヒロイン?
それとも、喜劇役者?
悲劇を乗り越えるヒーロー?

誰もが、自分の役に成りきって、
自分が感じたい感情を感じているの。


生きていく限り、
外側から、いろいろ変化がやってくる。
私はそれを、どう受け止め、どう感じるか?
それにどう向き合うか?
みんな、自分で選んでいるんだよ。

外側からいろんな波がやってくる。
その波をどうやって乗って行くのか、
人生は、サーフィンそのものなのね。

下手な内は、
バランスを崩して、
波間に落ちることもあるけれど、
練習を重ね、練習を重ね、
上手に乗れるようになれば良いんだよ、


七度落ちようと、
八度挫けようとも
練習していれば、
乗りこなせるようになるからね。

波に乗れるようになんか
なれっこないなんて、
信じなくたって良いからね。

七度落ちようと、
八度挫けようとも
次の波は上手く乗ってみせようと、
チャレンジすれば良いんだよ。



いろんなものが、外側からやってきて、
いろんな刺激を私に与えてくれる。

それをどう捉え、どう感じるか、
体で感じることは、ある意味仕方ないけどね。

痛かったり、痒かったり、きりきりしたり、
それは人生の前半、生まれる前の
「目には目を、歯には歯を」だったりするから、
受け入れるしかないの。
辛いかもしれないけれど、
それも、実は、
人生を面白くするエッセンスだったり、
人生を充実させるための肥やしだったりするんだよ。

だから、必ずしも、
悪いだけのものじゃない。

何の抵抗もないぬっぺらぼうの人生なんて、
詰まらないって思っているでしょ。
本当は。

いろんな刺激を味わいたいと、
思っていたでしょ。
本当は。

辛い痛みも、悲しみも、
この世界を味わうために必要なもの。

だから、それも、受け入れるの。


風もやっぱり必要なもの。
全く風がなくなると、
空気が淀んで息苦しくなるね。
その風も、
穏やかに吹いてばかりはいてはくれないね。
時に、台風になり。
時に竜巻になり、
時に冷たい空気を伴って吹雪いてみたり、

でも、それも必要なものの一つなの。
それと同じように、
辛い痛みも、悲しみも、
この世界を味わうために必要なもの。


必要なものだから、
その湧き上がってしまった感情
押し殺してはいけないけれど、
じつは、
そのとき感じている気持ち
選べるようになっている。
その状況をどう捉えるかで、
気持ちは選べるの。

そのことを意識して、
どんな気持ちを選ぶか考えて行動するのよ。
自分が自分の感情を選んでいて、
その感情を利用して
自分自身の感情のアクセルを踏み込むの。

ちょっとした「楽しい」「面白い」
その芽を見つけたら、
そこに焦点を宛て、
感情のアクセルを踏み込むの。

それが自分自身の
コントロールの仕方。

グルジェフも言っていたよね。

自分が行きたい方に行けるよう、
アクセル、ブレーキ、ハンドルを使って
自分自身の感情をコントロールするんだよ。

それができたら、
永遠に私は幸せで居られるからね。


私は私という人生のドライバー
私は私を演じているの。
そのことを意識して居なね。


感情は、前に進むためのエンジンなのよ。
それを、怨みや、嫉みに向けている限り、
私は幸せになれません。
益々、私を不幸にしていくの。

何があろうとも、
何が起こったとしても、
それを赦し、
それも未来の幸福を手にするためのステップと
受け入れて、
その状況の中で、
自分が進むべき道を判断するの。
自分が感ずるべき感情を判断するの。

感情は人を突き動かすエンジンだから、
適切な感情に火をつけさえすれば、
人は向かわせたい方向に向かって
自分を進めていくことができるのよ。

そのエネルギーをどの方向に噴射するか、
自分が今抱いている感情が、
自分の進むべき道を踏み外す方に加速しようとしているものならば、
ブレーキを踏めば良い。
自分が望んでいる未来を切り開くエネルギーになる感情ならば、
アクセル踏んで、もっともっと感じられるようにすれば良い。

どちらに自分を進めたいのか、
狙いを定めてハンドル切って、
自分が進んで行きたい方向を選んで、
それに勢いを与えることができる感情を感じられるよう。
選ぶこと。

しっかり、悲しみも苦しみも味わって、
その上で、
自分が感じていたい感情に焦点を宛ててあげるの。
自分自身の物事の捉え方で、
いくらでも、
自分が受け取る感じ方を
変えることができるからね。


その内に、
怒りも、悲しみも、苦しみも、
幸せの一部だって分かってくるさ。


でも、今はしっかりと、
自分が感じたい感情を選ぶんだよ。
アクセル、ブレーキ、ハンドルで
考えて、次の感情を選び、
それをエネルギーにして、
どちらに進みたいのか、考えて、
自分自身を操縦していくの。

起こったこと、
起こっていること、
その捉え方で、
感情は入れ換えられる。

誰であろうとも、
どういうことが起きたら、
どういう感情を抱こうって、
自分の役柄から
自分で決めているんだよ。


それが自覚できたなら、
自分の演じたい役柄にふさわしい捉え方を選び、
どんな感情を抱くかは、
自分で決められるんだよ。

いいね。



最後にもう一度。

怨んでいるとき、
私は誰かのせいで不幸になっている。
そう思い込んでいる。

そう思い込んでいることで、
幸福になる道は、
自分自身で封じ続けることになる。

いつまで経っても幸せになれることはない・・・。

後悔は、
自分のせいで今の自分が不幸になっている。

でも、そうやって、
責めている限り、
自分で自分が幸せになれる道を
閉じ続けることになる。

不幸な過去はあったかも知れないね。
不幸な未来もあるかも知れないね。
そして今、辛い病気だったり、
傷を負い、痛い思いをしている
不幸な状態にあるかもしれない。けれど、

今の自分、これからの自分を
幸福にするか、不幸にするかは
自分次第なんだよ。



私はどんな未来を目指そうか?
そのために、私は
今起こっていること、
過去に起こったことを、
どう捉えよう。

感情は、心のエンジンだから、
感情で人は前に進んでいくよ。

物事の捉え方を換えるだけで、
湧き上がる感情を
もっと強めることもできれば、
別の感情を生み出すこともできる。
どちらの方に進んで行きたいか、
それによって、
換えることできるからね。


『不幸な私』を演じ続けたいならば、
いいよ。
怨み続けて良いからね。

人生の中で、どんな私を演じるかは、
誰にでも与えられている
私に与えられた自由なんだから。

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テーマ : 独り言
ジャンル : ブログ

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因果

私のブログへコメントありがとうございます。
さて「幸不幸」とか「怨み」とかでありますが、すべて因果の果であって、それに執着するのもどうかと思います。
すべてのことは自分に原因があります。
たとえどういう状態になっても、ただ受け入れるだけです。
生きるとはそういう事だと思います。
プロフィール

ねこって

Author:ねこって
 世に巣喰う(金融,医療,エネルギー等の)利権を排除し、メディアによる染脳から脱却し、オルタナティブな社会の実現を目指しています。
 キーワード、国民配当(ベーシックインカム)、千島学説、地球環境蘇生運動 

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