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お遍路旅9日目

12月21日

バス停の中、6:30起床、7:30に出発しました。
7時過ぎにバスがこのバス停前で停まりましたが、
誰もここから乗る乗客はいませんでした。
たぶん、私がこのバス停の中に居たのが見えて、
バスが停まってくれたのだと思います。


朝から、前日の玉置神社の登りが体に応えています。
高野山は和歌山県内にありますが、
玉置神社のあった十津川村も、
高野山の手前の野迫川村も奈良県です。

大した登りでもない野迫川村の道をエイチラオイチラ登っていくと
「高野豆腐伝承館」の看板、
そこに「豆腐試食」の文字が目に着きました。
疲れてふらふらしていて、
どこかでコーヒーでも飲めないかと思っていたところだったので
寄ってみることにしました。

店内はとても雑然としています。
窓際に、安っぽい薪ストーブがあり、
煙が窯から漏れて、赤い炎が揺れています。
とても、試食とかできるような雰囲気ではなく、
出てきたおばちゃんも、何しに来た?
みたいな顔で私を見ているような店でした。

なんだか場違いな処に入り込んでしまったような
気分になりました。
ただちょっと、休みたかったのと、
どんな豆腐が出てくるのか楽しみだっただけなのですが・・・、

「豆腐がどんな豆腐なのか味を見てみたいだけなんだけど。」
と言と、
しゃあないなーみたいな顔をして、豆腐を用意してくれました。
出てきたのは、
何の体裁もなく、丼に放り込まれた大きめの豆腐が四切れ、
まあ、私は客とは扱われていない感じです。
そのおばちゃんと話をしても、なんだか噛み合わず、
こりゃダメだなと思いつつ、
出された豆腐を食べてみると、
意外や意外、これが、大豆の味がとても生きている豆腐でした。
スーパーで売っている豆腐ってだいたいプリンみたいで、
ほとんど味がなかったりしていますが、
ここの豆腐は、「大豆!!」という味を強く主張しています。
期待していなかっただけ、これにはちょっとビックリしました。

そのおばちゃんに、「この豆腐は美味いねー。」
などとと噛み合わないながらも話をしていると、
その家のお父ちゃんが入ってきて、
薪ストーブの前に席を作り座り込みました。
そして、その私とおばちゃんとの間に入ってきたので、
そのお父ちゃんからいろいろ話を聴くことができました。

このお父ちゃんは気さくな方であると共に、
豆腐、氷り豆腐への強い想いもあって、
そのうんちくはなかなか興味深かったです。

私は、高野豆腐というのを
氷り豆腐がなまって「高野豆腐」と言うのだと思っていましたが、
実は高野山の「高野」で、この土地が伝承の地になるのだとのこと、
今は全国の90%以上が長野県内で高野豆腐が作られていますが、
それは、長野県からここに高野豆腐の生産のために
出稼ぎに来ていた人たちが、昭和20年代にここに大災害が起き、
そのためここで働けなくなり、信州に戻って行って
その技術によって長野県で生産し始めたことに拠るのだそうです。

つまり、長野県での高野豆腐の歴史は
私の年齢とそれほど大きく違わないということに、
また、驚きました。

だって、私は
幼い頃から味噌汁の具に高野豆腐が入っていて、
それが不味くて不味くて仕方がないながらも
我慢して食べてきたのです。
ですから、高野豆腐は氷餅と共に
長野県に古くから伝わる保存食の一つという
思い込みがありました。


私が嫌いな高野豆腐というもの
食感がパフパフしている上、ザラザラ、
飲み込むときに喉に引っかかり、飲み込み難い。
そんなものでした。
私はあまり好き嫌いが無い方だと思っていますが、
高野豆腐はどうしても好きになれず、
とは言え残すと叱られるので、
子供の頃は、無理矢理食べていました。
ですから、大人になってからは、
わざわざ買ってまで食べる気になれない物でした。

そんな話をすると、
「ここの氷り豆腐は違うよ。」と言って
氷り豆腐の煮物を出してくれました。
確かに、その氷り豆腐は食感も喉越しもしぜんで、
私がこれまで食べてきた高野豆腐とは別物でした。

普通の高野豆腐は、氷らせた後、水を切り、乾燥させるようですが、
ここの氷り豆腐は乾燥させず、
氷ったままパッキングしてしまうのだそうです。
そうすることで、豆腐の旨味を残したまま、
だし汁を豆腐に染み込ませることができ、
独特の味わいある食材として煮物の中生きるのだと言います。

パフパフで、ザラザラ、飲み込めないはずの高野豆腐が
しっとりしていて、大豆の味わいを残しながら、
噛むと、その噛んだ中から出汁が効いたお汁が口の中に広がるという
異世界の食感に感動しました。

これは、取り寄せて食べてみるだけの価値のある一品だと
私は思います。
そんなことの他、私の旅の目的やら、蕎麦の話を取り混ぜながら
長居している間におばちゃんがコーヒーを入れてくれるなど、
最初とは打って変わってその場は、
親近感溢れる雰囲気となっていました。

そこを出てくるときに、
いろいろ食べさせて頂いた上、
コーヒーまでごちそうになったことから、500円渡そうとすると、
これは誰にでも提供しているサービスだからと、
受け取って貰えませんでした。

これは、信州に戻ったら、
おじさんは蕎麦でアレルギーが出たことがあるとは言っていたけれど、
おばちゃんは好きだと言っていたし、
蕎麦を送ってお礼してあげたいと思った一幕でした。

店名:「高野豆腐伝承館」
ご主人:松島史和様
〒637-0423
奈良県吉野郡野迫川村柞原636
TEL0747-37-2216



そこから、高野山まで、ほとんど一本道だと思って地図を見ていたので
全く地図を開かないでいたら、
いつの間にやら、村道に迷い込んでいたみたいです。
道そのものは、大回りしていると言うよりショートカット状態だったのですが、
急峻な上り坂に、昨日の疲れも重なって、
天狗木峠950mの内、やっぱり最後の2、300mを
自転車を押して登る羽目になったのでした。


「高野山」という地名、
なるほど、この辺としては「高いところにある野っ原だった。」
ということで付けられた名前だったんですね。
標高900mの地に弘法大師が礎いた様々な施設が並んでいるお寺の町です。
どうも、「高野山」という名の山がある訳では無いようです。

高野山奥の院への道順を示すナビゲーションでは、
道は金剛峯寺を回って裏の方に進むよう示されていましたが、
峠をちょっと下ってきて、目の前にした大駐車場、
そこには山門があり、人で賑わっています。
ナビが違うと言っても、そこが奥の院の一般的な入り口に思えます。
山門のところで、無料の甘酒を振る舞っている方がいたので、
尋ねると、やっぱりそこが奥の院の山門とのことでした。
あと、1kmぐらいは走らなければならないと
気を張っていたのが拍子抜けしてしまいました。

まあ、昨日の玉置神社のように、
もう着いて良いはずなのに、もう着いて良いはずなのに、と
挫かされるよりは、かなりマシです。

早速その山門の脇に自転車を置き、
振る舞われる甘酒を一杯ごちそうになりました。
麹の味と、酒粕の味があり、
二つを混ぜて作っていると思われる甘酒でした。
無料で振る舞われる甘酒としては、
麹が使われているだけ大したものです。


この、高野山で気になったことが一つあります。
それは、山門から、奥の院への通り、
沢山の有名企業の碑が建ち並んでいました。
疑問に思ったのは、
昭和の地代に入る前、その碑の立っている場所は空き地だったのか?
ということです。
そんな立地条件の良い場所が千年もの間、
空き地であり続けたとは私には思えないのです?

それまでそこにあった石碑はどこに行ったのでしょう?
現代では有名企業でしょうけれど、
江戸時代であれば各地の大名、
その前の時代であれば、
有名戦国武将とか、勢力を持った公家の碑が
あってもおかしくないように、私には思えています。

案外、毎年毎年、お寺にそれなりのお布施を続けないと
そこに置いてある碑が取り払われる。
そんなシステムがありそうな気がします。
千二百年という歴史とともに、世知辛さを禁じ得ませんでした。

最も、そうでもしないと、
この世界、生きている人が利用する土地よりも、
お墓が占有する土地の方が広く必要になってしまう時代が
来てしまうかもしれないですものね。


高いところにあるだけあって、高野山はやっぱり寒かった{;_;`}!!
標高900mは、寒くて当たり前と言えば当たり前なことだったのですが、
昨日の玉置に続いて迂闊でした。

凍えながら順路に従い参拝し終えて、無料休憩所で一休み、
休憩所の暖房がとても暖かく、セルフで熱々のお茶が体を温めてくれて、
とても、有り難かったです。
そこで、息をつきつつ、
和歌山港への順路を確認したり、日記の走り書かせて頂きました。
その感謝の念から、
休憩所にも浄財をお伏せするところがあったので、
山門で甘酒をいただいた分も含め、
500円の寄付をさせて頂きました。

奥の院の山門を出て、
金剛峯寺というところに寄っているのを忘れたことに気づいて、
立ち寄りました。
この「峯」という漢字「ブ」と読むのですね。
途中で道を尋ねるときに、
「コンゴウリョウジにはどう行ったら良いのですか?
と尋ねると、「コンゴウブジですね。」と、返されて
初めてその読み方を知りました。

山門から金剛峯寺までの道の両側には、民家商店ばかりでなく、
沢山の宿坊がありました。
宿坊というと、私は善光寺の周りにある沢山の宿坊を思い出しますが、
高野山にもいくつもの宿坊があることから、
真言宗の中にも沢山の派閥があって、
その派閥ごとに宿坊があるのだろうと思えます。
そういう私の推測ははゲスの勘ぐりでしょうか?

金剛峯寺をを出たのは午後の4時頃でした。
高野山から和歌山へ向かう道中、
まず、高野山の中で道に迷ってしまい、
ぐるぐる高野山の町中を走り回り、
国道を走り始めても、和歌山へ向かう分かれ道が分からず、
真っ直ぐ、橋本市まで降りてきてしまったりと、
相変わらず、クネクネと道に迷いました。

幸い、橋本市と、和歌山市の間には峠がなく、
大回りしたと言っても、
それほどの大回りにはなっていなかったのは幸いでした。

これってのは、私の人生そのもので、
お遍路は人生の縮図を顕すものなんだということを
改めて意識します。


高野山を下り始めて程なくして雨が降り始めました。
「高野豆腐伝承館」のお父ちゃんから、
今夜は雨になると聞いていたので、
小雨であってもその内に本降りになると思い、
早めにドライブインの軒先を借りて、雨具を着用しました。


雨の中で、スマホを出しては道を確認するのは手間がかかります。
と言ってスマホを出しっぱなしにしているわけにはいきません。
スマホの電源を入れっぱなしにしていながらナビしていたら、
和歌山港までスマホのバッテリーが保たない危惧があります。

そんなわけで、和歌山港までの、初めて通る複雑な道を、
立ち止まってはスマホの電源を入れ直し、
位置の確認、道の確認をしながら進むってことを繰り返しました。

そんな中、ある道路の横断部、
進行方向に細長くグレーチングの溝が掘れている構造の場所で、
信号が変わってふらふら走り出したところ、
その溝に車輪を取られ、スッ転んでしまいました。

同じく信号待ちをしていたトラックが、あわや私を轢きそうになり、
急ハンドルを切って避けてくれました。
ヘッドライトがすっ飛び、カッパのズボンに穴が開き、
立ち直るのに暫く掛かり、ようやっと動き出すと、
トラックの運ちゃん200mほど先にある待避場に車を停めて、
様子を見に戻って来てくれました。
親切な運転手さんです。

向こうから運転手さんが来るのが見えていましたが、
すぐには動く気になれず、
運転手さんには心配をおかけしてしまいました。
それにしても、轢かれなくて良かったです。ホッ(・。・)


今夜は冬至、
カボチャを食べなければと思っていました。
カボチャは通りがかりのスーパーで70円で手に入れることができました。
でもその他の食材の、
あんこが高い上、餅も1kgパックは荷物になるので、買いたくない。
なんて考えると、
貧乏人の味方、100円ショップでの買い物を考えます。

100円ショップがあればと、繁華街を通るたびに、スマホで調べるのですが、
一向に検索できず、その内に夜の8時、閉店の時間となり、
仕方なく、その頃入ったスーパーで98円の薄切り餅を見つけ、
600g298円の粒あんと共に購入しました。

そこまで済ますと後は和歌山港に向かうだけ、
和歌山港発の徳島行きの最終便に間に合えばと
雨の中、ペダルを踏みしめました。

事前に調べた情報から、最終フェリーは9:30発なので、
道に迷いさえしなければ余裕で着く道のり、
慎重に、立ち止まり、スマホの電源を入れたり切ったりを繰り返しながら、
8時半頃和歌山港にたどり着きました。


徳島へのフェリーの乗船時間は約2時間です。
船の一般の畳席、所々にコンセントがあって、
そのことを知っている人がいて、
私が船室に入ったときには、
早い者勝ちでコンセントを使っているひとがその場を陣取っていました。

それでも、そのような場所を確保しながらも
コンセントを使ってない人が居たので、
その人に頼んで、コンセントだけを使わせてもらい、
スマホと、単四リチウムイオンの充電をすることができました。

徳島に着いても、雨は一向に収まらず、
逆に激しく降ってくる状態でした。

mixi仲間から、1番寺の近くのゲストハウスを紹介されていたけれど、
夜中の12時を回っていたのでは、そこにおじゃまする訳にもいきません。

あまりの雨の激しさに、
途中で出会ったマクドナルドで小一時間ほど息抜きをし、
再び雨の中を
できるだけ1番の霊山寺 に近づいておこうと思い、
走り出しました。

ところがやっぱり雨の中の、知らない道の走行です。
ねぐらを探してきょろきょろしながら走っていると
橋を渡り終えたとき、
歩道の縁石が道を塞いでいるのに気づかず突っ込んで
再び転倒してしまったのでした。

一日に2度もスッ転ぶとは、
我ながら、何とも情けないと思いました。


この転倒は、勢いよく歩車界ブロックに激突したことから。
和歌山での走り始めのふらふらしながらの転倒よりも、
自転車に与えたダメージが大きいものでした。

変速はなんだか巧く効かなくなるし、
前輪もふらつくようになってしまいました。
とは言っても、真っ暗な雨の中、なかなか何かをするって訳にいかなず、
それでも、あまりにも調子が悪いので、
暫く行ったところで、自動車整備工場さんの軒を借りて、
息抜き、
そこで、チェーンがねじれてしまっているのが分かって、
それを直しました。
それでも、これはチェーン、さらには変速機を交換しなければならないかと
危惧していたので、その程度で済んで良かったです。
そして、再び、夜の暗い雨の道を進みました。
ただ、やっぱり、前輪はぶつかった衝撃でゆがみが生じたのか、
ふらつくのが気になります。


その内に、徳島空港近くのインターの前に出ました。
そのインターの高架の下、
道路沿いは車の有料駐車場になっているけれど、
その奥の方に何にも利用されてないスペースを発見!
人目にもつきにくいってことから
ようやく夜の2時半頃に、そこをねぐらと決めることができました。
それからコッフェル、バーナーを取り出して、
カボチャ団子を調理し始めたのです。

ホッカイロ、昨夜は使えなかったけれど、
朝出るときに、その使えなかったホッカイロを背中に当てて置いてたら、
その内に暖かくなっていました。
そのことから、おそらく、
使い始めるときにある程度の温度になっていることが
ホッカイロの発火の条件となっていると推察しました。

そんな訳で、バーナーを出して、最初に起きる弱い火で
コッフェルの中に置いたホッカイロをあぶって、
ホッカイロがプクっと膨れてから
カセットコンロに二つ貼り付けました。
それでようやく、カセットコンロの火は安定して出るようになりました。


腹を満たして、床についた頃には4時近くなっていました。
本日の走行距離124km
ちょっと、床に着くのが遅すぎです。

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テーマ : 自転車旅行
ジャンル : 旅行

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プロフィール

ねこって

Author:ねこって
 世に巣喰う(金融,医療,エネルギー等の)利権を排除し、メディアによる染脳から脱却し、オルタナティブな社会の実現を目指しています。
 キーワード、国民配当(ベーシックインカム)、千島学説、地球環境蘇生運動 

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