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お遍路旅19日目

1月12日


「塚地休憩所」のベンチの上で、6:40に目が覚めました。
気温はマイナス2℃まで下がりました。
トイレもそこにはあったので、あまり出したい感じではなかったのですが、
1月7日の朝以来、大きい方が出ていないので、
ここはひとまず出しておこうと思い立ち、
無理矢理力んで出しておきました。
特別堅いという訳でもないので、
食べただけみんなエネルギーなりに化けているのでしょうか?
そんなことをして、8時前になんとか、塚地休憩所を引き払いました。

青龍寺という名前からの印象では、
山の上にあるようなイメージでしたが、
それほど大きな坂を登ることもなく意外にあっさりと36番青龍寺に着きました。

青龍寺は賑やかでした。
次々に人がやってきます。
と思ったら、今日は土曜日でした。


そこで、歩いてお遍路をしている方に、
次の岩本寺には、「スカイライン」を行くんですか?
と、尋ねられましたが、
私には「スカイライン」の意味が分かりませんでした。
どうやら、青龍寺があるのは、半島の突端なのですが、
その半島を走っている道が県道47号で、
そこには「横浪黒潮ライン」という名称があり、
通称「スカイライン」と呼ばれていたのです。

おそらく、私がその道を「スカイライン」と呼ばれているのを知っていたら、
その時点で、その道を選ばなかったでしょう。
「スカイライン」名前はかっこ良いですが、
つまり、尾根を登ったり降りたりを繰り返す道だということを暗示しています。
で、将にその通りでした。

この道をかなり進んだところで、
言われた「スカイラインを行くんですか?」の言葉が気になっていた私は、
道を掃除しているおばさんがいたので、挨拶ついでに、
「この道はスカイラインて呼ばれている道ですか?」と尋ねると、
そうだとの返事を聞いて、ガックリしました。


青龍寺を出てから、それほど立たないところから、
上り坂が続きました。
その頃はまだ、これ以外の道を考えられていませんでしたが、
宇佐大橋を戻って海岸線沿いに県道23号を行く道もあったんですね。


とは言え、それも必要があって選ばれた道かもしれません。
暫く先で「青龍寺奥の院」の看板を見つけました。
気になったので、そこを入っていくと
「国民宿舎土佐」というのがあり、その裏庭には猪がおりました。
とっ捕まえられて、食べられる運命にある猪かと思いきや、
その猪は飼われている猪のようでした。

そこのおじさんに、奥の院の場所を訊き、奥の院に歩いていくと、
5人の親子連れが、先に来ていました。

青龍寺奥の院と言うからお寺かと思いきや、
そこには鳥居が立ってます。
で、奥にはロウソク台と、お線香台が置いてあります。
なんだか、面白い取り合わせです。

その親子どれの元に進んでいくと、
親子連れのお母さんに叱られました。
なんと、最後の鳥居から先の石畳の上は、
靴を脱いで入らなければいけないそうです。
言われてみると、その場所には読めなくなった字で
靴を脱ぐことが書かれていました。

インドのお寺では、境内に入っていくのに靴を脱ぐことは多かったのですが、
日本で境内に入る時に靴を脱ぐことを要求されたのは初めてでした。

そのお母さんから、
この奥の院の謂われを色々伺うことができました。
ここは、地元の漁師さんたちの守り神で
「波切不動明王様」がいらっしゃる場所なのだそうです。
弘法大師様が、ここから鉾を投げ、落ちた場所が、
現在の青龍寺が立っている地だとのことです。


「波切不動」様、
船を難破から救ったり、津波から寺を救ったり、という逸話から
その名が冠せられるようですが、
つまりそれらの逸話は、船の守り神と言うこともできるし、
人生を切り抜けていくための守り神でもあることも、示唆しています。
波を切るというのは、船を自在に進めるという意味と共に
人生を自在に進めるという意味も持ちます。
ある意味、強力な厄除け不動明王と言えるものなのです。
そんな重要な神様が、
ほとんど注目されていないことも、
面白いなーと思いました。

下調べを全くしてない私は、
スカイラインを走ってこなければ、
その存在すら知らなかった訳で、
これも、出会うべくしてであったと考えて良いのかもしれません。

しかも、その親子連れのお母さんから、
この地の重要な話を伺うことができました。

とはいえ、
次の目的地となっている半島の付け根にある鳴無神社までの約12kmほどの道のりは、
青龍の名をイメージする美しい海岸とは裏腹に
私の足には厳しいものがありました。
とにかく、アップダウンが激しかったのです。


鳴無神社は朱色の大きな鳥居が見えてきたのですぐに分かりました。
海に向かって鳥居が建っている珍しい神社です。

出雲大社の長男?の一言主神(ひとことぬしのかみ)が、
大晦日に流れ着き(争いに負けた?)、ここに神社を建てたのだそうです。
高知にある30番善楽寺の隣にあった土佐神社は、
ここの神様の別宮で、元々はここから行かれたのだという話を
社務所のおばさんに伺いました。

後で調べると、
得意そうに語った社務所のおばさんの語り口とは裏腹に、
一言主神は出雲ではあまり知られた神様ではなく、
神格としてはちょっと弱いかもしれません。
また、この地から、土佐神社に居を移してしまわれ、
年に1回しらね大祭の際に戻ってくると言われていることから、
普段はここには神様は居ないってことになってしまうかもしれません。


この日、自転車はとても快適になったのに、
なんだかとても疲れる気がします。
やはり、スカイラインのアップダウンのせいでしょうか?

8時にねぐらの塚地休憩所を出て、12時でも30kmしか進めません。
次の梼原(ゆすはら)町の三嶋神社まで鳴無神社から54kmあります。
しかも、檮原町は、標高が高いところにありそうで、
今日中に三嶋神社に行き着けるか不安になってきました。

梼原町まで行く間に、四万十川源流と言われる峠を越えて、
標高を600mほど稼ぎました。
国道197号という三桁の国道ですが、
そこは国道だったおかげで、急激な上り坂はなく、
なんとか、自転車に跨ったまま進むことができました。

檮原町に着いた頃には5時を回ってました。
丁度、暗くなってくる時間です。
梼原の街に着いて驚いたのは、
片田舎の街並みにしては、異様はほどに綺麗だったことです。
街並みが那智の本宮の街並みに似ています。
まず、電柱、電線がなく、歩道が広く、
歩道には綺麗でシックなブロックを使われています。
そして、家並みが、綺麗な落ち着きある雰囲気を醸し出しているのです。
那智の本宮のような観光地の雰囲気ですが、
ここって、それほどの観光地ではなかった気がします。
三嶋神社と、坂本龍馬脱藩の道、
そしてここに来るまでの間に見た風車程度です。

しかしながら私には、この街並みそのものが、
観光スポットになってもおかしくないほど綺麗だと感じました。
私は、全国の市町村の都市計画立案者は、
この街並みを一度見学に来て、立案し直すべきではないか
と思うほど素敵な街並みです。

ことに、陽が沈んで、街頭に明かりが灯ってからの街並みは、
ワクワクするものがありました。

さて、三嶋神社ですが、
町の人に、三嶋神社どこですか?
と聞いても、スッとは答えてくれず、
いったいこの神社は、町の人たちにどのように認識されているのか
ちょっと不安になったり、興味深かったりしました。

神社は町役場を過ぎた、街並みの外れにありました。
そして、面白いのは、鳥居と神社の間に屋根付きの橋があり、
その橋の中間には休憩所があるという構造をしていることです。
橋が架かっているのはおそらく梼原川だと思います。
橋長は30mぐらいあるでしょうか?

このような構造の橋が、日本にあることに、感動しました。
私は中国を旅した時に、
中国の内陸部の少数民族が居住しているような地域で
このような形式の橋にいくつか出会いました。

三嶋神社そのものは、とても大きな力があるとか、
そういう感じのものではない気がします。
実際に、社務所もなく、神主不在の神社のようで、
一村落の神社という感じです。
でも、この地を、地域全体的に眺めると、
優しく、暖かく、何やら柔らかな雰囲気を醸しています。
これは、この三嶋神社があることで生み出されたエネルギーなのかもしれません。
そんな気がしてなりません。


神社に参拝した後、
暗くなり始めた街並みを見ながら、
ここまで来たのに、このまま帰るのはもったいない気がして、
この街の雰囲気にとても合っている雰囲気を醸している喫茶店があり、
「自家焙煎珈琲」の看板が気になりました。
中の椅子はちょっと堅そうですが、落ち着きのある雰囲気で、
一人の女性がカウンターの端でお茶を飲んでいる風でした。

そこで、おそるおそる、珈琲一杯が幾らなのか尋ねてみました。
すると、カウンターの端に座っていた女性が、一杯420円と教えてくれました。
貧乏旅行中の私の身分としては、ちょっと高いと思いましたが、
まあいいやと、と思って入ってみました。

お客さんと思っていたその女性はマスターの奥様でした。
カウンターの端に座って、珈琲の生豆の選別をしていたのでした。

私は自分でも焙煎して珈琲を入れていますが、
そこまで凝ったことはしていません。
お店のマスターの珈琲に掛ける想いを感じます。

店には、十数種類の珈琲が並んでいます。
この田舎町で、こんなに沢山の種類の珈琲を並べて、
豆が古くなる前に回転するのだろうか?
そんな不安を抱きますが、
結構、地元の常連さんがいらっしゃるっようです。

で、席に着くと、
私はブレンド珈琲を頂くつもりでいたのですが、
どの豆を入れましょうかと尋ねられ、
逆に、昨日焙煎した豆はどれですか?
と尋ね返し、返ってきたのが、
パナマ産で、フルーティーな香りのある珈琲だよ。とのことで、
その珈琲を頂くことにしました。
すると、これは550円です。と言われ、ぐっとなりましたが、
商売上手だな、えーい、ままよと、その珈琲を頂きました。

この店では一杯一杯、ペーパードリップで入れてくれています。
ネルでもなく、私のお気に入りのMilleCafeでもないところが
ちょっと残念でしたが、
炒りは豆の味が生きるミドルローストで、薫りが高く、
豆のフルーティーな味わいと酸味がほんのちょっぴり載った、
最近の喫茶店ではなかなか味わえない美味しい珈琲を頂きました。

この店では、カップにも凝っているようで、
いろいろなカップが並んでいます。
私は、マイセンか何かの高級カップかと思って
カップにも凝っているんですねと伺うと、
総てノリタケだそうで、その、様々な素敵なカップに
私はさすが、ノリタケと思いました。
ノリタケのコーヒーカップ、マイセンなどにひけを取らないどころか、
その上を行くデザイン品質のものが沢山あるように思います。
ここに来るお客さんは、その日その日でマスターが
自分のためにどのカップで、注文した珈琲を入れてくれるか、
楽しんでいると、おっしゃっていました。


この店は、昨年の11月の末にオープンしたばかりだとのことです。
この場所で、このような喫茶店が商売になるのかと尋ねると、
幸いにも、地元の方々に受け入れられて、常連さんも多く着き、
続けてやっていける見通しが立っているようでした。

脱サラですか? と尋ねると、
京セラでソフト開発のエンジニアをしていたそうで、
珈琲好きであったことから、実家のあるこの地に戻って来て、
珈琲専門店を始めたのだそうです。

マスターも奥様も、さわやかで、細身の割に、物腰が柔らかく、
店は優しい雰囲気に包まれています。


パナマ産の珈琲を頂いている間に、
一冊の写真帳を見せて頂きました。

それは、マスターが、パナマまで豆を買い付けに行った時のものでした。
今私が飲ませて頂いている珈琲は、
そうやって、マスターが、自分自身で現地まで行って仕入れてきた豆を
入れてくれているのでした。

これには、さすがに驚きました。
この小さな喫茶店で、そこまで経費が出せるとは
私には到底思えないでいましたが、
マスターは、それがしたくて、この喫茶店を始めたのだとのことでした。

総ての豆をそこまでしているとは思わないですが、
そうやって、現地の生産者と渡りを付けて、信頼関係を築き、
品質の高い豆の供給システムを作る心意気に
私は感嘆せざるを得ませんでした。

なんだか、私、すごい店に入っちゃいました。
この店が、ずーっと繁盛して続いていくこと願います。

あと、マスターには、水と、フィルターに
もう少し気を遣って貰えたら、もっと美味しい珈琲に成るのになっ。
とは思いました。

喫茶店の名前は、COFFEE FLAG
三嶋神社から出てすぐ近くのところにあります。

この街並みと、この店の珈琲を味わうために、
一度梼原にお越しになってみて下さい。
こういう縁を生み出すのが、
この地にある三嶋神社のエネルギーなのではないかと
思って、この店を後にしました。



そこから、久礼八幡を宮目指して、暗い夜道を進みました。
スマホのナビは有り難いですね。
信号に看板がなく、実際にどこで曲がったら良いのか分からなくても、
自分のいる位置を示してくれて、きちんと確認さえすれば、
大きく道に迷うことなく目的地に至ることができます。
さすがに、出て、3週間近くになってくると、
オフラインでのナビの使い方にも馴れてきて
無駄に電池を消費しなくなってきています。
雨さえなければ心強い味方です。

途中から、国道197号から、県道に入ると、
道は狭くなったり広くなったりと、まだ整備途中の道で
人家もないところを四万十川沿いに下って行きました。
彼の有名な四万十川源流域です。
昼間だったらどんな風景が観られたのでしょう。

さすがに夜だと、脇見をすることがありません。
その上、緩い下り坂が続くので、目を道路から離すことも少なく、
自転車は直したばかり、ブレーキの効きも良く、車軸の振れもなく、
快調に下っていきます。

とはいえ、やっぱり、かなり疲れています。
ちょっとした登が現れるたびに、息をぜいぜいさせて
大腿部の上筋の痛みを堪えなければなりませんでした。

時に見上げる夜空には、月はなく、
人家もないことから、煌々と瞬く星々が見事です。
ことに、オリオン座が私が進む斜め右上方に輝いており、
ずーっと私を追いかけて、私を照らし続けてくれました。


久礼の手前、約10kmほどの、大野見吉野というところで、
ナビの示す県道を進むか、
道標が示す七子峠を経て国道を通って久礼に進むか迷いました。
丁度その分かれ道に、コンビニと看板に書れているものの、
普通の個人商店が店を開けていたので、
その店のご主人に、どちらの道を進むべきか伺いました。
すると、県道は、登りは緩く長いけれど、
下りは狭く人家もなくてとても危険だよ。
国道に向かう道は、ちょっと急だけれど、短く、
国道は明るくて広い道だから安心だよ。
との情報を頂きました。

私は、もう疲れ切っていたので、
一も二もなく、下りが危険できつくても、
登りが楽だと思えた県道の方を行くことを選びました。

確かにその県道、登りは大したことありませんでした。
ですが、下りは真っ暗で、道幅が狭く、
所々ガードレールもなくて、
一度は、そのガードレールの無いところで、危うく、
道下に落ちそうだったりしました。
それでも、自転車のブレーキが効いてくれたおかげで、
何とかその難を切り抜けて、人里久礼まで降りてくることができました。
やはり、自転車をきちんと整備しておくことは大切ですね。
でまた、今回は、事故無く降りて来られましたが、
知っている人の助言はやっぱり聞くべきだったのかもしれません。

真っ暗な中、久礼八幡宮にお参りし、
八幡様にお参りする際に気になった入り口にあった二つの神社
メインの鳥居とは別の横にある鳥居のすぐ外に二つ並んでいる
お稲荷様と天満宮様が気になったので、
その二つの祠のような小さな神社にもご挨拶して、
その地を立ちました。


幾らほとんどが下り坂で早かったとは言え、久礼八幡宮で9時過ぎとなり、
そこから、国道56号を」足摺岬方面に向かいました。
当然そこは、大野見吉野の行くかどうか迷った七子峠が待ってます。
せっかく久礼の海岸まで降りてきたのに、
再び、300mほど登っていかなければなりません。

国道とはいえ、きつい登りが延々と続きます。
どうせなら、そんな疲れた夜、そんな坂を登らなくても良いと
お考えになる方は多いかもしれませんが、
こういう登り道は、昼間よりも夜の方が、断然安全に登っていけるのです。
交通量が多い昼間は、坂道をふらふら自転車で登っていくと、
すぐ脇を走る車にぶつかってしまうのではないかと、
はらはら神経をすり減らし、ふらつくことができないことから
体力の消耗も激しい中で登っていかなければなりません。
しかし夜中は車がほとんどないことで、
自転車は思い切り蛇行させることができ、
そのことから実質的な勾配を緩やかにして登ることができ、
車が近づいてくれば、それが音で分かると共に、
前も後ろもライトを点滅させているので自動車からの視認性が高く、
自動車の方でしっかり大きく私を避けてくれます。

そんな訳で、無理に無理を重ね、
夜中の12時頃に七子峠にたどり着くことができました。
そこには休憩所があり、トイレがあって、
朽ちたガソリンスタンドがあったのでその軒下をねぐらにしました。

本日の走行距離は 134kmでした。


これだけふらふら疲れることをしてましたが、
今日は何もメッセージを受け取っていません。


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テーマ : 自転車旅行
ジャンル : 旅行

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プロフィール

ねこって

Author:ねこって
 世に巣喰う(金融,医療,エネルギー等の)利権を排除し、メディアによる染脳から脱却し、オルタナティブな社会の実現を目指しています。
 キーワード、国民配当(ベーシックインカム)、千島学説、地球環境蘇生運動 

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