スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

お遍路旅22日目

1月15日

とっても静かな足摺巨石群の遊歩道の道中で
朝6時過ぎには目を覚ましました。

夏場なら、早々に、人が登ってくることも考えられますが、
この時期はこの時間から散歩するような人は居りません。
比較的早く寝ているので、十分眠ってはいるのですが、
なんだか気力が湧きません。
だらだらと片付け、撤収をしていたら、8時を過ぎていました。


「唐人石」って言われても、なんだかピンと来ませんでした。
本当に遺跡なの?
そんな印象です。

ただ昔っから在る天然の石の様にしか見えません。
古代人が信仰していたという後が私に見える形である訳ではなく、
ただ、鏡石だ、亀石だ、千畳敷だと言われている石がごろごろしているだけです。

この時点では、「唐人駄馬」と「唐人石」の違いを分かっておらず、
同じものだと思っていました。

そこから、下に向かって降りていくと、
そこには、「唐人駄馬」と言う看板があり、
キャンプ場もあることが分かりました。

日本のサークルストーンと呼ばれているところの様です。
ここまで降りてくれば、とりあえず普通のキャンプ環境は整っていたのかと、
ため息をつきつつ、降りてくるべきだったのかな?
それでもどうなんだろうと思いつつ、
奥の方に自転車を押してその「唐人駄馬」なるものを見るべく入って行きました。

入って行くと、唐人駄馬の見物の前にキャンプ場の自炊場で
薪を焚いてキャンプをしている人の姿が目に入りました。
むさい男どもの3人組です。
その内の一人が、「イノシシの肉があるから食べていかないか?」
と私に声を掛けてきました。
そりゃもう、私は朝飯は食わない主義だなんてことは言いません。
即座に、「イノシシの肉!? すごーい!! 良いんですか?」
と、言って、その輪の中に加わりました。

私を誘って下さったじっさんは、
オセアニアをあちこち歩いてきたのだとか、
イノシシなどかなり猟をしているけれど、
これほど美味いイノシシの肉は滅多に手に入らないと賞賛していました。
このイノシシを捕まえたのは、「和尚」と呼ばれている方でしす。
本人曰く、実際に和尚なのだそうで、
かつて和尚だった?
と訊くと、現役の和尚だと言ってました。
その和尚が、イノシシを捕まえて焼き肉をしているのです。
まったくの破壊坊主です。

そのイノシシは、まだ若かったそうで、肉が軟らかく、
牧場の餌を盗み食っていたおかげで脂がのっていて、
普通の野生のイノシシではあり得ない柔らかさと油の多さが売りだったようです。

実際に、肉は軟らかく、警戒していたような臭みが全くなく、
油が滲み出し、ジューシーで
塩胡椒だけの味付けなのに、めちゃめちゃ美味かったです。

そして、オセアニアのじっさんに奨められるがままに、
焼酎を飲み、そのじっさんの話を聞かされました。

このじっさんが、オセアニアに行っていたのは、
傭兵で行っていたようでした。
坊主と、人殺しの傭兵とは面白い取り合わせだろ!
と、笑っていました。

そんな人ですから、
ヤクザと渡り合って、ヤクザがしっぽを巻いた話やら、
太平洋戦争で亡くなった方々の遺骨収集に行っても、
政府の派遣でなければ、遺骨を持ち帰ることができず、
崩れた暗い塹壕から遺骨を太陽に晒し、
これがお前が見たかった太陽だと言って、泣いた話、
現地の人々と交流するのに、丸腰で行くことで仲良くなれた話、
等々、
その場は、焼酎に酔ったそのじっさんの独断場でした。

私は、たらふくイノシシの肉を食べさせて頂き、
目一杯焼酎を飲み、動けなくなり、
唐人駄馬の広い芝の真ん中で暫く休ませて貰うことにしました。

そういえば、そこにもう一人いた、ちょっと上品なおじさん
かつて友達のところで会った、大阪の歯医者さんに似ています。
私の空似かな?
セダンを売って、小さな車をキャンピングカーに改造し、
旅をして歩いているようでした。

芝生の上で一休みというつもりで寝込んで
目を覚ますと早、2:30になっていました。
傭兵のじっさんに、今日はここに泊まっていけと言われ、
そのまま居座り続けても良いのですが、
せめて、38番の金剛福寺と、足摺岬は今日の内に行っておきたかったので、
また戻ってくるからと言って、
まだ酔った状態のまま、チャリに跨り、そのまま下って、金剛福寺に行きました。
金剛福寺まで10kmも走りませんでした。
金剛福寺、足摺岬の展望台と寄り、
帰り道、気になった白山神社という神社があったので立ち寄ると、
その神社の道の反対側には「白山洞門」と看板が立ち、遊歩道がありました。
その、自然の美、自然の力に感嘆して建てられた神社のようです。
とすれば、その洞門に行かなければ気が済みません。

ちゃんと、必要なところで声を掛けられているような、
呼び留められているようなそんな気分です。
その洞門を見物して、その上に立つ祠と、神社にご挨拶して
そこを立ちました。


じっさんの処に戻るならば、酒ぐらい持って帰らないとなりません。
でも、足摺岬周辺て、何にも無いんですね。
スーパーマーケットもコンビニもありません。
人に訊き、ようやく小さな酒屋を見つけ、缶ビールの大瓶を1パックと、
無人販売所の細長いカボチャと、
新鮮市で、ムロ12匹100円というのを買って、自転車に着け、
再び登りたくないと思っていたスカイラインの坂道を、
えっちらおっちら、登っていきました。

途中、上から降りてきた車が停まり、
大きな三脚を立て、夕日が沈むのを撮影し始めました。
私も、一緒にその隣で夕日の写真を撮りました。
話を聞くと、広島のTV局の方々だとのことでした。


そうやって、唐人駄馬に戻ってくると、
だ~れも居ません。
いえ、一人だけ居ました。
私が出てくる時に、新たに加わっていた一人のじいさんが、
車で寝ていたら誰も居なくなっちゃった。と言って呆然としてました。

キャンプの荷物はそこに置いてあるのでその内に戻ってくるだろうと、
買ってきた食材とビールを炊事場に置いて、
私はまず、テントを張って、すぐ寝られる準備をしておきました。
それでも、戻ってこないので、
買ってきたムロ(ムロアジっていう意味だったんですね。知りませんでした。)の
はらわたを出し、すぐに料理に使えるようにしておこうと、炊事場に行くと、
あれっ?
ビールが一本無くなっています。
見ると、さっきの車で待っているじいさんがその1本を飲んでます。
きょとんっ。
途上国では、結構、自分のモノと他人のモノの境界が曖昧で、
そういうことがままあったりするのですが、
日本でこういうことがあるとは思いませんでした。

まあ、人に飲んで貰うために買ってきた訳なので、
これだけのモノを買って持ってきたと主張したいのは私の想い。
でも、遍路の旅中では、そういう虚勢を、そぎ落とすよう、
物事って起こるのですね。
起こることに委せて、「良いよ。」って言っておきました。

それだけのことをしていても、誰も来ないので、
ひとしきりテントの中でPCを開いて日記のテキスト化を暫くしてました。
でも、テントの中でのその作業、かなりしんどく感じました。
PCの位置が低く、姿勢が悪くなるせいか、
寄りかかるところが無いせいか、
やたらと肩が張るようになったので、
寝袋にくるまって寝てしまいました。

目が覚めたのが9:30頃、
炊事場の方で、人の声がします。
どうやら戻って来ているみたいです。
行ってみると、置き去りにされたじいさんと、
和尚さんとがたき火を囲んで話をしていました。

あれ? 傭兵さんともう一人は? と尋ねると、
駅まで送って行ったとのこと。
きょとん・・・、
私には、事情がよく分かりません。

どうやら、このキャンプ地の主は、この和尚さんで、
傭兵さんと、もう一人の小さなキャンピングカーのおじさんは
ゲストさんだったようです。
で、あまりに二人が、酒に酔い、くだを巻くものだから、
煩わしくなって、和尚さんは、二人を追い帰してしまったようなのです。
そのことが理解できるまで、私は暫く掛かりました。

置き去りにされたじいさんは、地元の方で、
度々和尚さんの処にやってくるお友達のようです。
で、和尚さんは、酒を飲みません。
だから、持ってきた酒は、彼が飲んでいて正解だったのでした。

面白いですね、
抵抗しなければ、ちゃんと収まるところに収まるようになって居るんですね。

それから、色々和尚さんの話を聞きました。
和尚さんは学生の頃毎年春夏に長野県の豪雪地飯山で托鉢修行をしたそうです。
ですから、長野県のには馴染みがあるようでした。

で、若い頃は毎月30万円酒を飲みに行くのに使っていたそうです。
毎日一万円ですか? と言い返すと、
和尚が一万円払うって時は、実際に使われている金は、
三万円五万円となるそうです。
それは、寺の金?って訊くと、そうじゃなくて、
信者さんが払ってくれるのだと言うのです。

「坊主」と言うだけで信者さんが着いて
金を払ってくれるとは私には思えないのですが、
実際にその和尚さんには信者さんがかなり居て、
さんざん接待を受けてきたようです。

と待って! そういえば、和尚さんは酒を飲まない!
和尚さんは酒を飲まないけれど、
毎晩のように、酒を飲みに出ていた!?
つまり、信者さんの憂さ晴らしに酒につき合い、
愚痴を聴いていてあげていた?
でも、本人も楽しんでいたから、毎月30万円飲み代に消えていても平気だった?

まあ、寺の坊主は、ベンツに乗っていたり、金のあるのは知っていますが・・・、

その坊さん、かなり高級なキャンピングカーに乗っています。
現役の和尚だと言うから、どこかの住職を今もしているのかと尋ねると、
住職はしておらず、
たまに、アルバイトで法要に呼ばれ、行くのだそうです。
もう、この地に来て10年ほど、
その前に2年同様の生活をしており、
今遊びに来ている地元のじいさんとは、7,8年来のお付き合いだそうです。

そして、今の収入は年7,80万円ほど、
坊さんのアルバイト、除草、庭木の手入れのアルバイト、
お布施が主な収入とのことでした。

そんな坊さんですが、
未だに熱心な信者さんは居て、
何かあれば、幾らでもお金を貢いでくれる様なことを言っていました。

いったい、何にそんなに惚れられているんだろうと思う不思議な人です。
至って、飄々と生きている風です。



暫く話をしていると、コトコト何かが煮え立っている音がします。
何か煮ているんですか?
と、尋ねると、
「あ、そうだ。」と言って、竈の上の鍋を降ろして、
イノシシのモツ煮だと言って、
じっくり煮込んだイノシシのモツと、野菜の煮込みを食べさせてくれました。
その後には、餅、スズキの一夜干しを食べさせてくれました。


暫くして、和尚さんはねぐらにしている大きなキャンピングカーに、
じいさんは乗ってきた車に入ったので、
私は暖炉の前で一人で暖まりながら日記を走り書きして過ごしました。

ふと見ると、和尚さんが座っていた椅子に、100円玉が置いてある(落ちていた?)
そういえば、和尚さんは酒を飲まないし、
買ってきたムロは、じいさんにネコ跨ぎだと馬鹿にされました。
つまり、和尚さんにできているお礼があるように思えていません。
これだけ食べさせて頂いたお礼はしておかなければ、と思い、
100円玉を重しにして、2,000円その椅子に置いておきました。



本日の走行距離、19km


当初から、四国お遍路の途中で、唐人駄馬に寄るつもりでいましたが、
mixi仲間のある方から唐人駄馬に寄るように言われました。
その方は、和尚さんがここでこうしているのを知っていたのかな?



それにしても、
一人の人がこの施設を占拠するように居座っていたら、
苦情があって、居られなくなったりしそうですが、
10年も居ることができたというのは、
この土地柄ってことでしょうか?


スポンサーサイト

テーマ : 自転車旅行
ジャンル : 旅行

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ねこって

Author:ねこって
 世に巣喰う(金融,医療,エネルギー等の)利権を排除し、メディアによる染脳から脱却し、オルタナティブな社会の実現を目指しています。
 キーワード、国民配当(ベーシックインカム)、千島学説、地球環境蘇生運動 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ご来場
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。