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お遍路旅31日目

1月24日


目を覚ました場所は、
松山市と今治市の中間当たりにある河中町のせせらぎ亭というところ
私は公共施設だと思って利用させて頂いたのですが、
どうやら個人の所有物だったようです。
この辺には、こういった個人で持っていると思うには
ちょっと大がかりと思える店がちょこちょこあります。

また、私は、「川の郷」を“かわのさと”と読み
川遊びできるレクレーション施設でもあるかと思ったのですが
“かわのごう”という名の地名で、
特に公共施設でそういうものがある訳ではないようです。

その代わりに、そこに至までの道中には、
私がねぐらにした「せせらぎ亭」のような
家族で自然に親しみ遊んで、食事をするような施設がいくつもあります。


せせらぎ亭の池にはイワナが泳いでいました。
夏になると、涼しさを求め、川遊びをするために、
子供を連れて、松山市内や、今治市内から
人が集まってきそうな場所です。


朝7時過ぎに起き出して
そこのトイレをお借りしました。
しかし、トイレは水が流れるのに
トイレの洗面台は水が出ず、
手は池の溢れ水で洗いました。


8時半ぐらいまで掛けだらだら片づけをし、
新宮神社を目指しその川沿いに登っていきました。

途中、三本杉と書かれた看板が建っていて、
更にその先に、何台か車が停まっているところに
おじさんおばさんが居りました。
しかし、そのときはまだ先だと思っていたので、
新宮神社の場所を聞きそびれてしまいました。
村人が集まって何かしているのでしょう?

しかし、そこから道を、登れど、登れど、
新宮神社らしきものがありません。
ちなみにこの場所は、ソフトバンクの携帯は範囲外
GPS機能は働いて居るものの、
Googleなどでは地図を確認できません。


結構登ったところで、
何台も車が駐車されている場所まで戻って来ました。
でも、誰も人は見あたりません。
車を駐めている上には竹藪があり、
村人が集まって、タケノコでも採っているのでしょうか?
そんなことを思いつつ、入り口の看板を見ると、
「アカガシ 1本」
 松山市の指定天然記念物
その後の説明に
 近くには、江戸時代中期の墓碑や、
 神社跡もあり人々の往来もあり、
 周辺の木は幾度も伐採されたろうが、
 このアカガシの大木だけは、
 山の神として崇敬され、
 保護されてきたのだろうといわれる。
なんてことが書かれています。

車を駐めている人たちがタケノコ狩りでもしていたら、
私がアカガシに向かって歩いているところで、
きっと、誰かに会うことができて、
新宮神社の場所を訊くこともできるかな?
なんて考え、
「アカガシ」って、どのくらい奥に入ったところにあるんだろう?
そう思いつつ、新宮神社に行く前に寄ってみることにしました。


道は、登山道のような人に踏み固められただけの道です。
登り始めたのは良いですが、結構、登ります。
最初は、平坦な道でしたが、次第に険しい道となり、
えー、いったいどのくらい登るんだろう??
という気分になってきました。
とすると、先ほど車から降りていたのを見た
おじさんおばさんが先を歩いています。

アカガシってこれからどのくらい先にあるんですか?
と尋ねると、
「私たちの足だと、あと、1時間ぐらい掛かるけれど、
 あなたの足だったら、もっと早く着くでしょう。」とのこと
ありゃ、そんなに先なのね。
もう、ここまで来ちゃったし、この人たちがわざわざ見に行くくらいだから
まあ、いいや、いいや行ってみよう!
そんな軽い乗りでそのアカガシに向かって行くことにしました。
ついでに、
「新宮神社って何処にあるんです?」と尋ねると、
「登ってくる途中に三本杉ってあったでしょ、その杉のある場所よ。」
と教えて頂きました。
とりあえず、これで、新宮神社にも行けるし、見通しは立ちました。
あとは、ささっと行って、「アカガシ」とやらを見てくるだけです。

1kmほど登ってきたところに、アカガシまで1kmという道標がありました。
車が走っている入り口で、アカガシまで2kmなんて書いてあったら、、
面倒になって入って来なかったかもしれません。
これも縁という奴かもしれません。

登っていくと、なんと、車道がないこんなところに民家があります。
えっ、この人たち、どんなにして生計を立てて居るんだろう?
そう思いながら、行くと、その民家の脇で
半切りのドラム缶でたき火をして、
ベンチに座って休んでいらっしゃる3人の方が居ります。
たき火をくべている白髭のおじさんがここの住人で、
他の二人のおじさんは、アカガシに会いに登ってきていたようです。
そのおじさんの話によると、一人は、ここには20回目、
もう一人は81回目だそうです。
どうやら、100回登ってくることを目指しているようです。
その二人が降りていった後、上からまた、二人の女性が降りてきて、
白髭のおじさんの奥さんが、二人にお茶を振る舞っています。
その二人の女性はすでに、156回登ってきていて、
目標は300回だとおっしゃっていました。
先ほど追い抜いてきた足の弱いお母さんの方は26回
お父さんの方は、13回来ているとのことです。
そんな人が、なんだか、続々登ってくるのです。
おばあちゃんと、お母さんが、3歳に満たない子供を連れて来ている
なんて方も居りました。

とある神社の宮司さんが啓示を受けて、一年半ほど前にやってきた後、
その関係者が、そのようにして、そのアカガシに
100回会いに来るとか、300回会いに来るとかを目標にして、
人が登ってくるようになったようです。

普通、誰かに言われたからといって、こんな険しい山道を、
1回や2回ではなく、100回も登ってこようと思うには、
それなりの何かがなければ続きません。
その何かとは、何でしょうか?

さて、私もたき火に当たりながら、そんな話を聞いた後、
アカガシに会いに行きました。

暫く登ってから、
もうちょい先だろうから、
ちょっとこの辺で小用を、なんてやった後、
先に進もうと、ふと見上げると、
その古木は、すぐ私の前にありました。
いや~! びっくりしました。
す、すごい、古木です。
この古木に、エネルギーが満ちているのは、
無頓着な私でも分かります。

このエネルギーは、おそらく古木からだけではなく、
周囲の鬱蒼と茂っている森のエネルギーも合計されて、
その威光を放っているという印象を受けました。
おそらく、古木単体のエネルギーの高さもすごいですが、
この森が放つエネルギーはかなりのものがあります。

昔は神社があったと入口の看板に書かれていましたが
ここに鎮守様があっても不思議ではありません。
昔は多くの人が住んでいて、ここに神社があり、
アカガシはその鎮守のご神木であったに違いありません。
アカガシはこの森の代表であり、象徴的な存在です。


私は見上げたその場から先に立ち入ることを遠慮させて頂きました。
そして、周囲からその偉容をカメラに納めさせて頂きました。
天気はそれほど悪くはなかったのですが、
木々に覆われた中にあり、光量が足りず、写真はぶれてしまいました。

このアカガシを眺めていると、
私に、「この森と共に、まず、このアカガシの根本を守りなさい。」
と、しきりにメッセージが降りてきます。

私が、このことをブログに書くことで、
沢山の人が来て、この森の木、アカガシを枯らしてしまうことを
心配されているようです。

木は、気だから、木を枯らすことは、気を枯らすことになる
 のだそうです。

木の根本で直接、古木からの気を得ようとする人は、
結局、木(気)を枯らすことになる。
離れて、木(気)を大切にしながら、その気を受ける人は、
ずっと、この古木が気を流してくれ続けるので、守られる。

 のだそうです。

この、アカガシの根は、十数メートルの範囲で張り巡らされています。
ですから、10m離れた位置であっても、
すでにこのアカガシの根の上に立っているということになります。
それだけで、十分すぎるエネルギーを得ることが
私にはできています。


人と人とのつき合い方も、
人と神とのつき合い方も一緒です。

関係が薄い内は人も神様もお客様扱いしてくれますが、
関係が濃くなれば濃くなるほど
近づいてしまえば近づいてしまうほど、
良くも悪くもその影響をもろに受けることになります。
つまり、この古木とのつき合い方も、
そのことを抑えて措かないと、
自分が冒した冒涜のしっぺ返しは、
かなり激しい形で来ると、
覚悟しておいた方が良さそうです。

確かに100回も通えば、
ここの鎮守様からの覚えもめでたくなりますが、
その度に、森に負担を与え、アカガシの命を削るようなことをしていたら、
どのように鎮守様に思われるかは想像に難しくないでしょう。
逆に、この古木さんに気に入られている限り、
相当に守ってもらえると、言えるということです。

それが、100回会いに来る。300回会いに来る。
というように、
ほとんど信仰の域として、
アカガシ詣でする方々が存在する由縁だと思います。


江戸時代の中期頃から、
この森の中で、注目され、守られてきた古木です。
江戸時代の中期にすでに、それほど大切にされていたということは、
その時点で、すでにこの森の主としての威光を発していたはずです。
とすれば、松山市の教育委員会の樹齢300年は控えめも控えめ、
おそらく、アカガシの樹齢は少なくとも、
500年~600年あっておかしくないでしょう。

これまで、このアカガシが注目されていなかったのは不思議ですが、
それはやっぱり、この森の中で守られてきたということなのだと思います。
だからこそ、この森も大切に荒らさないようにしなければならないのです。

ですから、私も、このアカガシとこの森を守りたいと思うのと同時に、
これを読んだあなたも、私同様に
この古木のご加護を受けて頂ければと考えています。

私が書いたこの記事のために、
多くの人がこの森に押し寄せて、
もし、アカガシや、森の木を枯らすようなことになったとしたら、
その、枯らすような行為をした人は無論のこと、
やはり、私も辛い思いをすることになるでしょう。

できれば、そのような事がないことを祈ります。




アカガシの古木様と対面し、その民家まで降りて来ると、
奥さんが、私にも他の方々同様に、
熱々の甘いゆず湯を出してくれました。
降りてきた方皆さんに振る舞っていたのは、
単なるお茶ではなく、ゆず湯だったのです。
何の縁もゆかりもない一介の旅人に
何という気の使いようでしょうか。

やはり、ここに住んでいらっしゃるこの家族は
このアカガシの守り人です。
神主の資格がある訳でもなく、
アカガシの古木がある土地の所有者という訳でもないですが、
この家族が、このアカガシに呼ばれてここに住み着いて、
このアカガシに守られて生きてきて、
このアカガシを守っていく人たちです。

ついでに言えば、
森は守で、
アカガシと共に、森がこの家族を守り、
そして、この家族が、アカガシとこの森を大切に思うことで
お互いがお互いを守り合っているという関係が成り立っている。
そんな気がします。


まだ早いような気がするけれど、
地元の人たちがやってきて、タケノコでも取っているのかな?
と思って見ていた駐車された車の列は、
実はこの、アカガシの古木に会いに来ていた方々の車だったのでした。


こうして、私がここに来てしまったのは、
やはり私は、呼ばれたと思わざるを得ません。
私がブログに書くことを承知で、
アカガシの古木様は私をお呼びになって下さいました。


ここのご主人の言うには、
私の他にも、お遍路の途中で、
ここに来た人が一人だけ居るとのことです。
その方は、「遍路生活 野宿生活」というブログを書いており、
そこに、この古木のことが少しだけ書かれています。
http://henroseika.exblog.jp/16240820/

強い雨が降る中、ドアを叩く人が居て
びっくりして中に引き入れたとのことです。



ここでは、また、いろいろあったのですが、
そのことはここに書くのは控えておきます。

やはり私は呼ばれていました。
歓待して下さってありがとうございます。
涙が溢れてくるように有り難いことばかりが起きました。
それだけで、ここは占め繰らせて頂きます。


道路まで戻って来て、
じゃあ、三本杉を目指して行こうと思ったら、
あれれ、昨夜泊まったところまで降りてきてしまいました。

この辺の人に「新宮神社」と言っても通じませんが
「三本杉」と言うとすぐに通じます。
面白いものです。
この辺の人たちが、神社よりもご神木を大切にしているのが分かります。
神社はそのご神木を守るために建てられたと捕らえて良いかもしれません。

私がアカガシにお会いしてから下り道で看板を見つけられなかったのは、
「三本杉」の看板は下から上がってくる人用に立てられているだけだったため、
上から降りてきた私には、そこを見つけることができず、
通り過ぎてしまったのでした。

確かに新宮神社、神社としては大したことありません。
将に三本杉のための鎮守様です。
三本杉の威光は確かです。
村人が「三本杉」として敬う訳です。
でも、アカガシの古木様に出会ってしまった後では、
私には、アカガシの方が魅力度が高く感じました。」


そこから次の目的地、天満神社に向かいました。
三本杉を出たのが3時過ぎです。
天満神社まで行き着けるか、
ちょっと不安になってきています。

アカガシの古木の守人家族にも、
峠がきついから今日中に着くのは難しいと言われ、
国道317号の工事をしている警備員に、
「峠までどのくらい?」と訊けば、
「まだまだ遠い。」
じゃあ、10km先なの?20km先なの?」と訊けば
(20km行ったら、今治に着いちゃう!)
「そこまではない。」との適当な返事、
覚悟して登っていくと、
何のことはなく、その工事現場から1,2kmほどで
峠のトンネルに着いてしまいました。


天満神社のある玉川町の新鮮市には
地元のおじさんおばさんが集まっています。
話を聞くと、朝な夕なに、自分の出品物を出し、片付けていく習わしで
夕方になると、こうして、作物の出品者が集まってくるのだそうです。
今時、そんな面倒なシステムをしているところは珍しいですが、
丁度良いコミュニケーションの場になっているようです。


そこで、レジのおばさんに、
「天満神社ってどこか分かりますか?」と尋ねると、
隣に居たおじさんが、「天満神社なんかそこら中にある。」
というので、ノートに書き留めた住所を伝えると、
「それは、おらほの天満神社だ。」とおっしゃいます。
「じゃあ場所は?」と尋ねると、
「何々団地のところを入れば良い。」とおっしゃる。
「あのー、私地元の人間でないので、その団地を知らないのですが?」
私はその前にその市場の前に出されていた村内の地図から、
二つめの信号を左に曲がれば良さそうだと言うことは分かっていたので
「二つめの信号を左に曲がれば良いんだよね。」と言うと
「いいや、今治から来たら右だ!」とかおっしゃる。
「いえ、私は今、今治からそこに行こうとしているのではなく、
 ここからそこに行こうとして居るんですが?」
このおじさんと話していても、
全く話がかみ合わず、益々混乱してきそうです。
スマホを出して、その地図で確認して貰おうとしていたら、
そのおじさんはどこかに消えてしまいました。


仕方ないので、まあいいやと思って、スマホの通信圏外も外れたようなので
住所を入れ、ナビを設定し、そのナビに従って走っていきました。

その、おじさんやら、レジのおばさんに、
もうすぐ暗くなるから今日は行き着けないみたいなことを言われましたが、
場所さえ分かれば夜道を怖いとは思っていない私は、
まずは先に進んでみることにしました。

ナビが示す住所の位置には神社はありませんでした。
当たりは暗くなり始めていて、人影はありません。
ようやく、軽トラに乗っているおじさんを何とか停めて訊くと、
さっき私が停まっていた橋のところを右に入って行けと言われました。
それは玉川町桂の集会場のあったところです。
それで、その道を、ずうっと進んでいこうと思いましたが、
どうも不安が着き纏います。
それで、その次の口差点まで戻ってくると、
丁度良く、犬の散歩をしているおばちゃんに出会い、
それでようやく、
「釈迦堂参道入口」と書かれた看板の先が神社のあるところだと分かりました。」
もう、「暗くなっちゃうよ。行けないよ。」と言われましたが、
これ以降、分かれ道がなければ大丈夫です。
「釈迦如来奉祀、標高400米 約二粁」
道を外れない限り、3,40分程度で歩いて着く距離です。
暫く急な道を自転車を押して登り、人通りがなさそうなところで
自転車を置き歩き始めました。

それから、10分歩かないところで、分かれ道がありました。
こりゃ困ったなーと思っていたら、
その分かれ道の一方が、すでに天満神社でした。


今日は、多くの人に、遠い遠いと脅されて、
実際に行ってみると大したことがなかったということが続いた日でした。



天満神社は、「至って普通の村の鎮守様」
これといって、何か特別なものを私は感じませんでしたが、
今日の午後起こってきたことと何か関係があるのかもしれません。
そう考えると、面白いエネルギーを持った神社です。
ここの神社の神様は、
できれば私を迎え入れたくなかったのでしょうか?
何度も、遠いと言われ、道に迷い、諦め掛けていたのに、
それでも、最後には案内してくれる方を配置して
私を受け入れ、迎えて下さったことに感謝し、
お礼と共に、いつもの祈りを唱えて、参りました。





後は、今治市内の次の目的地54番延命寺にできるだけ近づくだけです。
そこから10kmほど、

その途中に、マクドナルドがあったので
そこでテキスト起こし、データのアップロードをし、
1時過ぎに出て、
インターチェンジの近くにフラワーパークというのを見つけ
てそこの四阿を借りてテントを張りました。



本日の走行距離は、 48kmでした。




数日後、60番石鎚山横峰寺への登り道で、
アカガシの森についてのメッセージを受け取りました。

アカガシの森を荒らす輩、
アカガシの守人に敬意を表しない輩は、
アカガシの森には近づかない方が良い。
そういう輩は、自分自身の内に生い茂る木(気)を荒らし、
自分自身を不幸にすることになる。
わざわざ行くことで不幸になる。

アカガシの幹に直接触れないと気が済まないバカは、
アカガシに振れても何も感じることはできやしない。
アカガシの気は、アカガシの根が張り巡らされている
アカガシの数十メートルの範囲ですっぽり覆われている。
だから、安心するが良い。
ただ近づいて眺めただけで、
アカガシの木(気)にあなたは救われる。
アカガシの木(気)で、あなたは守られる。

アカガシ、この森、守人を大切にできる者は、
自分の内に流れ、湧き出る気を高めることができる。
アカガシ、この森、守人を汚す者は、
結局自分の気を汚し、枯らすことになるだろう。
それを承知の上で、
このアカガシの森に近づきたい者は訪れるが良い。

以上

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テーマ : 自転車旅行
ジャンル : 旅行

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プロフィール

ねこって

Author:ねこって
 世に巣喰う(金融,医療,エネルギー等の)利権を排除し、メディアによる染脳から脱却し、オルタナティブな社会の実現を目指しています。
 キーワード、国民配当(ベーシックインカム)、千島学説、地球環境蘇生運動 

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