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お遍路旅41日目

2月 3日

クア温泉八島のカウンターで案内して頂いた相引東公園という
小さな公園の藤棚の下にテントを張って寝ました。
目が覚めたのが6時半でした。
公園の脇にことでんが走っていて踏切があり、
その踏切の信号音と電車の通過音で目が覚めました。

トイレと水道があるので水を作れるかと期待したのですが、
蛇口の口が太過ぎて、水を作ることはできませんでした。

八島神社に向かう途中に二つの大きな神社がありました。
これも御縁と、挨拶してきました。
八幡神社です。

全国各地に八幡神社という神社が在りますが、
要するに八百万の神を祀っているという意味でしょうか?
この旅の途中で気づいたことですが、
だいたい特定の神様を祀っているのではなく、
いくつもの神様が祀られています。



八島神社への登山道の手前で付近の地図を見ていると、
一人のお母さんが何処に行くのかと尋ねてくれたので、
自転車を置いて徒歩で登っていこうと思っているのですが、
「どう行ったら良いのか、何処に自転車を何処に置こうか悩んでいます。」
と伝えると、
真っ直ぐ行けば登山道に行けること、
自転車はすぐ上に公園があるのと、
登山道の入口でも置けることを教えて頂きました。


登山道の入口は20%勾配という表示が出ており、
適当な所にまでと、自転車を押して歩くにも難儀しました。
この、登山道、驚いたことに、
ものすごく多くの人が上り下りしています。
登っていく間だけで、数十人にすれ違った気がします。
いくら、日曜日だとは言え、
高い所にあるにもかかわらず、人気の高いお寺です。
こんなに高い所にあるのに、
続々登ってくる人が絶えないお寺です。
一体、どんなお寺なのでしょう。
昨日参拝した81番白峰寺、82番根香寺とは、
人気度に雲泥の差があります。



実は、ここに来て、
旅が終わってしまう恐怖を抱き始めています。
旅が終わった後は、旅で得たものを、
実際の生活の中で実践し、生かしていかなければなりません。

また、一月末に家に帰ると計画していたのが
もう2月に入ってしまっていることから、
途中、淡路島に寄るつもりでいたのを止めるとかして、
2月の中頃までには帰り着くようにしないと不味いんではないかとか、
考え始めています。

そのことについて、
登っている最中に受け取ったメッセージです。

信頼して行きなさい。
端折ることは考えない!
信じて一つ一つをやっていくのです。
そこに行くことそのものに意味はない。
ただ、焦って、決めた道程を抜かす、飛ばす。
それをしようとする心に問題がある。
先に起こることを信頼して、
ひとつ、ひとつをしっかりと味わいなさい。
やろうと思っていたことは、やって措きなさい。

以上

今朝はとっても空がきれいです。
朝、ねぐらを出る時には曇っていましたが、
登山道を上っている頃にはしっかり晴れて、
抜けるような青い空が広がっています。


再び、メッセージ

ゆっくり呼吸して
じっくりこの世界を味わうのです。
不安も、心配も、まとめて丸ごと味わうのです。
それも、味わいたかった味の中のひとつなのだから、
そこから逃げず、しっかり味わうのです。

以上


84番屋島寺は賑やかなお寺です。
ひっきりなしに参拝者がやってきます。
この寺の何が、これほどまでに人を引き寄せるのでしょうか?
やっぱり、讃岐のタヌキさんでしょうか?
この、屋島寺には日本三大タヌキの一匹のタヌキさんが祀られています。
それを『蓑山大明神』と称しているようです。
そして、お寺の中に鳥居があって大きなタヌキが安置されています。


このタヌキさんの写真を撮ろうとして、カメラを出した時に、
カメラを落としてしまいました。
しかも、それを2回もやってしました。

一回目の落下事故で、画像がキラキラ目覚めるように光が乱れ、
二回目に落とした時には撮影時の画面もししかり真っ黒、
写した写真も真っ黒になっていました。

防水で衝撃にも強いカメラを買う時かな?
屋島寺を麓まで降りたら、
エイデンだか、エディオンを探して入ろうかと思う。
そこは、会員になっているので、
(そのまま長期延長補償が受けられます。)


真言宗のお寺には、寺の中に神社があったり、
隣が神社であったりすることがとても多い気がします。
この屋島寺も、そんな寺のひとつです。
この屋島寺にも
『蓑山大明神』というタヌキさんが祀られている神社がありました。

このタヌキさん、
弘法大師が道に迷っている時に、
タヌキが出てきて案内してくれたとか、
いくら、弘法大師を導いてくれたとはいえ、
寺では祀ることができないと考えたのか、
タヌキを祀る神社となったようです。



ここで再びメッセージ

君は、新しい時代のパイオニアとして
生きることを要求されているんだよ。
それが厭なら、降りても良いよ。
でも、君は降りて後悔しないかな?

大丈夫、タヌキさんも助けてくれるから。
不安、怖れも、しっかり感じ取り、受け入れて、
その上で、自分が導かれていることを信じて、前に進んでごらん。

以上


で、ここの納経所の方、
なんだか、ひげ面、腹の出具合などの印象がまるで「古ダヌキ」でした。
わざわざ、こういう人を納経所に配するなど、
神様は小憎らしいことをしてくれますね。
多くの方が、タヌキさんに導かれて
参拝することになっているのでしょうか?
ただ、参拝に来るというだけでなく、
遊歩道をわざわざ歩いて登ってくる人の多さには、
驚かされたお寺でした。


この寺で参拝の準備をしている時に
声を掛けて下さった方とお話をさせて頂きました。
歩いて登ってくる人が多いですね。」と言うと
「ここの有料道路は日本一高い有料道路だから」
「その通行費の節約もあって歩いて登ってくるのだ。」とのこと、
また、私はここには、ロープーウェイがあったはずだと思っていると、
それは8年ほど前に廃止されたと教えて頂きました。
やっぱり、お遍路地図、ロープーウェイを載せている程度に古いです。
最近は、あまり道案内にならないので、
もっぱら寺の情報を得るのにだけ使っている感じです。



さて、84番屋島寺から麓まで降りてきて、
電気屋さんを探し始めました。
ちょっと先まで行けば、長期補償の利くエディオンがあります。
ですが、その前に、
「カメラのキタムラ」の看板が目に留まり入ってみました。

今は、新品のカメラでも5,000円出せば買えてしまうんですね。
オリンパスのカメラが5,280円、富士フイルムのカメラが4,980円、
少し高くても、対衝撃、防水カメラなんて考えていましたが、
この安さに負けてしまいました。
落として壊れたら壊れた時よ。とばかりに、この二つのどちらか、
ということで、悩みに悩んで、
撮影感度が3200とオリンパスよりもフジフイルムの方が良かったので
撮影感度でフジのカメラにしました。

今は、オリンパスでも、ソニーでもSDカード仕様になっているんですね。
こだわりのソニーがついに折れたということに驚きました。
私の持っているメモリースティックも、オリンパスのxDCardも
もう要らなくなってしまったようです。
どうせなら、もう少し早く、独自仕様を諦めてくれれば良かったのにな。

2GBのSDカードは何枚か持っては来ていたのですが、
8GBのSDカードと、純正のケースを付けて6,280円ということで、
8GBが1,300は安いと思い、そのセットにして頂き、買いました。

買った直後はバッテリーは満充電されてないということで、
じゃあその辺で飯でも食ってくるのでその間充電しておいてと、お願いし、
飯を食いに出ていきました。


最近、食べ過ぎを観じていたにもかかわらず、
サラダバー食べ放題に引かれて、
すぐ近くにあった、「ステーキのケン」に入ってしまいました。
で、やっぱり、また食べ過ぎました。
この後、走るのが辛かったです。


1時過ぎた頃、カメラのキタムラに戻り、充電されたカメラを頂き、
八栗寺を目指しました。
八栗寺の麓まではすぐです。10kmもありません。
ですが、そこから、標高300mぐらいの急坂があり、
ケーブルカーが運行しているような場所でした。

八栗寺が祀っているのは、
五剣山という毬栗を五つ並べたような山です。
屋島寺に引き続き、この町場で、
このように険しい寺を回ることになるとは思っていませんでした。
私は、やっぱり迂闊です。

そして、この、八栗寺も、賑やかでした。
ケーブルカーを走らせるだけ人が来ているということでしょう。
それだけで驚きです。
ケーブルカーの先には寺の他に何もありません。

雲辺寺だったりすると、山頂にスキー場があるなど、
寺以外の要素がありますが、
寺以外の要素がないにもかかわらず、
ケーブルカーを運行していられることに驚きます。
この地にも、霊験あらたかな何かがあるのでしょうか?

と思っていると、
寺の中に、鳥居があります。
その先は「歓喜天」のお堂があります。
後で調べてみると、当初の弘法大師が納めた本尊を消失し、
木食以空(もくじきいくう)上人が
後水尾(ごみずのお)天皇妃の東福門院より賜ったという
弘法大師作の黄金5寸というかわいい像を本尊としていました。
それが今の歓喜天だそうです。
これは小さいけれど、黄金でできている。
というだけでも、かなり値打ちがありそうです。

ところが、
江戸時代になってその本尊では小さすぎるとして
新たに作ってものを本尊にしています。
そう聞くと、どちらの方が有り難く感じるかと言えば、
歓喜天と感じる私です。。
もっとも、そのときには、そんなこと知らずに、
鳥居の先にあった歓喜天が気になって、ご挨拶させて頂いておりましたけど。

何も知らない参拝者は「歓喜天? なに? それ。」
と言って通り過ぎて行きました。
この辺が、徳の違いって処でしょうか?


納経して頂いて、展望台に来ると、
地元のおばあちゃんに声を掛けられました。
もう、思うように足腰が利かない感じでしたが、
それでも、ここまで来ていることにおどろきます。
そのおばあちゃんと、「健康が第一だね。」などというお話を暫くして、
おばあちゃんに別れを告げて降りてきました。



次の86番志度寺、
入口に、「円通寺→」とありその向こうの交差点に「志度寺→」とあるので、
交差点を曲がり暫く行きますが、何処まで行っても志度寺がありません。
ナビで確認すると、先ほど通り過ぎてきた所、
あれっ?でした。
円通寺は志度寺の山門のすぐ隣にある別の小さな寺でした。
円通寺はその山門を通った先にあり、結構広い境内を持っています。
五重の塔があったりする結構大きな寺です。
私が参拝の準備をしている間、
何かのイベントをやるのにこの本堂を借りることができるようになったと、
喜んで仲間に説明しているご婦人がいらっしゃいました。

さて、そこで、4時を回ってしまいました。
志度寺はかなり町場にあって、ちょっと戻った所にマクドナルドもありました。
そこから8km行った長尾寺はどうも田舎です。
更にその先の最後の88番大窪寺は、
途中にダム湖があったりと更に田舎っぽい状態です。

急がないがテーマでしたが、
それでも、長尾寺はクリアーしておきたいと思い、
長尾寺に向かいました。
途中、真っ直ぐ進めば良いのだね。って確認した橋の上で、
実は右折しなければならなかった。ということがあり、
間違った道を2kmも行ってしまうというハプニングがありました。
危うく、納経所の終了時間5時に間に合わない所でした。

長尾寺の前では、とある夫婦が出迎えてくれました。
「ここが長尾寺ですか?」と尋ねると、
「そうですよ。」と教えてくれました。
とても、賑やかで気のよさそうなご夫婦だったのですが、、、

いつもの通りに、納め札に祈りを書いていたのでは、
納経所が閉まってしまうため、
参拝だけ済ませ、納め札は納経後に書いて納めてくることにしました。
私が、本堂でロウソクに火を付け線香に火を付け、参拝をしている間
この奥さん、無邪気に納め札の箱の中をかき回し、
「銀色はあるけれど、金色がない。」
「あった! あった! へー、平成22年だって、古いのが出てきたね。」
なんてことをやっています。

確かに、あちこちの寺で、納め札をかき回した跡があったりして、
「納め札をかきまわさないで下さい。」とか、
「金色の納め札を持っていかないで下さい。」
みたいな表示を見たことがありましたが、
まさか、その現場に自分が出くわすとは思っていませんでした。

その現場を見てしまい、完全に私は頭が回らなくなり、
祈りの言葉をつぶやこうとしても、
全く言葉が浮かばないという状態に陥りました。
でも、「只単純に怒りをぶつけたり、不満を言わない。」
ということがテーマになっている私は
その動揺した気持ちを胸の中に納めました。

さんざん、苦労して、心を落ち着けて、何とか本堂での祈りを捧げ、
大師堂に行くと、
この夫婦は、罪の意識が全く無いようで、
ここでも、無邪気に金色の札探しをしています。
それでも思い、
「納め札には納めた人の想いが籠もっているから、
 止した方が良いんじゃないですか?」というと、
「その、想いが込められているのが良いんだ。」と言って
全く躊躇していません。
私は、それ以上はこの人たちに言っても無駄だと思いました。
そのおかげか、大師堂では、本堂よりも落ち着いて
祈りを捧げることができました。

その夫婦とはにこやかに、
「ではお気を付けて。」とお互いに言葉を交わしながら
お別れすることができましたが、
なんだかすごいものを見せて頂いた気がします。

これも、縁というものなのでしょうか?
なんだか、あまり嬉しくない縁だったような気もします。
でも、私には必要なことだったのかもしれません。
こういう人がそう何人も居る訳ではないでしょう。

この宇宙には、恐怖のエネルギーを活動源にしている連中
怒りのエネルギーを活動源にしている連中
復讐心を活動源にしている連中が居ると聞いたことがあります。
この夫婦は誰かの祈りをエネルギー源にしているのでしょうか?
金色の札を納めている人はどんな想いを込めて札を納め、
誰かが自分の納めた札を持って行ってしまうことを
どのように感じるのでしょうか?

おそらく、自分の住所氏名参拝日を書いて札を納めたところで
誰かがそれをどこかに記録したりするようなことはしていないでしょう。
おそらく、年に一度まとめて護摩炊きの際にでも
一緒に焚くのではないかと思ったりしています。
ですから、金色にしようと銀色にしようと、
その人の気持ちを現す手段としての行為に意味があるだけで、
納めたものがどう処理されるかはほとんど関係ないのだろうとは思います。

お賽銭にしても、その場でお賽銭を納めるという行為が大切なのであって、
その賽銭を賽銭泥棒が持っていってしまおうと、
その金で、坊主、神主が女遊びや酒に消費しようが、
その想いそのものがひずめられることは無いでしょう。
でも、そういう現場を見てしまうのは、心が痛みます。
別に、私の問題ではないにも関わらずにです。


その、87番長尾寺を出た後、
ねぐらに行くにはまだ時間が早いので、
近くのマルナカというスーパーの、無料で使える席で、
そこの一テーブル占領し、PCを開いてテキスト起こししてました。
そうしていると、無料のお茶を2本のペットボトルに詰めて、
私の隣の席に座ったおじいさんが居りました。

何がきっかけだったかは忘れましたが、
とあるきっかけから、その方が私に話しかけてきて、
PCの話やら、旅の話をひとしきりしました。
年金生活している66歳のご老人でした。
家の中だけに居たのでは、すぐに呆けてしまうので、
このようにお金のかからない処に来て、
読書をして過ごしているのだそうでした。

その方と話し込んでしまったので、
テキスト起こしは進みませんでしたが、
楽しい時間を過ごしました。


長尾寺で次の88番大窪寺までの間にダムがあり、
そのほとりに、道の駅やら、お遍路交流会館があり、
そこの四阿やら軒下が使えると聞いていたので
そこを目指しました。

ダムがあるような場所、さすがに坂道がきつかったです。
やはり最後は楽には終わらないようにできています。

ねぐらは、前山ダムのほとりの道の駅に
身体障害者用の駐車スペースがあり、
そこに屋根が掛かっていました。
その身体障害者用のスペースを確保したまま、
近くのドアも開けられるように配慮し、
テントを張りました。

床に着いたのは12時頃です。
マクドナルドに行かなかったおかげで、
かなり早く床に着くことができました。



本日の走行距離、36kmでした。
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テーマ : 自転車旅行
ジャンル : 旅行

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プロフィール

ねこって

Author:ねこって
 世に巣喰う(金融,医療,エネルギー等の)利権を排除し、メディアによる染脳から脱却し、オルタナティブな社会の実現を目指しています。
 キーワード、国民配当(ベーシックインカム)、千島学説、地球環境蘇生運動 

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