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お遍路旅42日目

2月 4日


最後の88番札所大窪寺の11km手前の前山ダムの脇にある道の駅の
身障者駐車場に屋根があり、その通路部にテントを張って寝ました。
2月 4日


最後の88番札所大窪寺の11km手前の前山ダムの脇にある道の駅の
身障者駐車場に屋根があり、その通路部にテントを張って寝ました。
昨夜は、12時前に床に入っていますが、
起きた時には7時半となっていました。
実は4時頃目が覚めて、ザックの補修やらなにやらやって
5時半頃再び寝たのでそんな時間が目覚めの時間になってしまいました。

何しろ、4時に目が覚めた時には雨が降っていました。
テントは屋根の下に張っているので濡れずに済んでいますが、
自転車で登り始めるとなると必ず濡れることになります。
気温は8℃あり、とても暖かです。

出る頃には、道の駅も結構賑やかになっていました。
降っていた雨もかなり落ち着いています。
道を挟んだ向かい側にあるお遍路交流会館に寄って、
お茶とお菓子を頂きながら、
面白い話を聞きました。

どうも、お遍路を考え出したのは、弘法大師ではなかったようです。
元々は、弘法大師の修行の足跡をたどり、
弘法大師の体験したことを追体験したいと思う修行僧たちが
始めたことのようです。
88カ所定め、真言宗の宗徒が巡って歩くよう、
現在の形に定まったのは、江戸時代に入ってのことだと言っておられました。

持っている遍路地図やら、ネットに書かれている文章を読むと、
弘法大師が88カ所を定めたような書き方をしていますが、
官庁の話からだと、弘法大師は本尊を掘ったりし、寺を建立していても、
お遍路までは考えていなかったようなのですが、
実際の処どうなのでしょう?


自転車を出そうとしていると、
一人の方が声を掛けて下さいました。

自分は飲まないのに缶コーヒーを奢って頂き、
持っていた道の駅で買ったばかりのトマトをひとつ頂きました。
63歳で、老人介護施設の送迎の仕事をしているそうです。
仕事をするのは、朝と夕方だけという仕事だそうです。
とても、慎ましやかな生活をしているにもかかわらず、
接待して頂いてしまいました。


道の駅を出たのは9時半過ぎです。
そして、88番大窪寺までは11kmしかないにもかかわらず、
大窪寺に付いたのは11時でした。

途中で、「昼寝城址」という看板を見つけ
それ良いなーって、思ってそこにある地域の案内地図看板を見ると、
その中に、「多和神社」という神社名がありました。
始めて聞く名前の神社です。
「沢山の和」有終の美を飾るにはとても良いのではないか?
そう思って立ち寄ろうかと思ったのですが、
大分急な道を下っていかなければならない様子なので、
大窪寺の帰り道に寄ることにしました。

途中で雨が止んでくれたので暑くなり、
トレーナーとカッパを脱ぎました。
体温調整のため、着たり脱いだりする度に
自転車を降りなければならないので、時間が掛かります。


大窪寺は女躰山の麓にあります。
どうも、この女躰山が気になって、納経所の方に
「女躰山というのは、どうしてその名前が付けられたのですか?」
と聞くと、
「おそらく、女体の形をしているからじゃないか?」
という程度の知識しかありませんでした。

実は、大窪寺には奥の院があり、
それは大窪寺を更に880m女躰山を登った処にあります。
その奥の院の名前が『胎蔵峯寺』と言い、
弘法大師が修行された場所だそうです。
奥の院までの距離は880mとあります。
往復で30分ほどです。
気になって、奥の院まで行ってみることにしました。

ところが、30分の登っても着きません。
それでも登っていくと、舗装されている林道に出て、
そこの看板に今のところを大窪寺に向かって0.7kmとあります。
そして、そこまで来てしまったら、女躰山の頂上まで0.1km
そりゃ、もう、頂上に行くしかありません。


結局、女躰山の頂上まで行ってしまいました。
女躰山には屋根部分に「山躰女」と彫られた石造りの祠がありました。
祠に挨拶、参拝し、女躰山頂上からの展望を楽しみました。
女躰山の標高は761mです。
そこから見た下界は雲に隠れ、山々に雲が漂う様が綺麗でした。


そこから、大窪寺に戻りました。
かなり下がった所に二つに道が分かれており、
その一方の道が奥の院への道だったようです。
その分かれ道から200mほど進んだ所に奥の院はありました、

なんとまあ、トタン板で打ち付けた粗末な建物です。
ちょっと、これはあんまりだと思いました。
私は最初、作業小屋だと思いましたが、
どうもやっぱりその建物が奥の院のようでした。



実は登っている間、メッセージが着ていたのですが、
ノートを持ってこず、書き留めていられませんでした。
とりあえず、覚えている中で書きます。

女躰山があり、胎児を生み出す場だから
大窪寺がお遍路の最後の寺となっている。
「これで自分は弘法大師のご加護を受け、
 これからの自分の人生は安泰だ。」
と、多くの巡礼者は結願と能天気に考えているが、
それは違う。
本来、お遍路は、大師が修行で歩んだ道を歩むことで
大師の体験を追体験しようという想いにある。
弘法大師が悟りへの道を付けている。
それを追体験するすることで、
弘法大師ほど苦労しなくても悟りに至れる。
それが本来の狙いである。

大師の道を辿ったからと言って、すぐに悟れる訳ではない。
それはまだ、巡礼者の内側に
胎児として宿したままであるに過ぎない。
それを生み出すか、生み出さないかは君次第です。
生み出すとしたら、
それをこれから育てていく覚悟をしなければならない。
その、決意をするのがこの地である。

ほとんどそのことを誰も分かっちゃあいない。
弘法大師の残した道を辿り、
この巡礼で得たもの、
それはまだ胎児の状態にある。
育て、はぐくんでいくかどうか、
それは、これからの日々の生活の中で
ここで得たものを生かしていけるかどうかに掛かっている。
そうだ! 育て、活かすのだ。
君は、その決意をしますか?

本来は、「結願した。めでたい。めでたい。」
と、単に喜ぶ地ではない。
まったく能天気なものだが、
能天気な者は、すでに、その時点で救われている。

しかし、君は違う。
この旅で得たもの、受けたメッセージを活かせるかどうか、
不安を抱いている。
この地は、それを、実生活の中で活かし生きていくことを決意する地です。
で、君は、どうするんだ?
この旅を無駄にするのも活かすのも君次第です。
はっきり言えば、まだ、生み出すことすらしては居ない。
生み出すというのは、
実生活の中で、
怖れ、不安、苛立ち、焦りなどの感情を受け入れ、
自分の視点から離れた所から
世界を眺められるようにしていくこと。
そこにある。
巡礼中は、十月十日、女体の中で胎児を育てる期間
そういうことだ。

以上


ここまで来て、
生まない。育てない。とは言えないですよね。
でも、やっぱり、恐いです。
本当に、全財産を失い、全信用を失い、
浮浪者として生きて行くことになるのではないかという怖れ不安はあります。
それも、手放したらひとつの行き方として、
良かったりするのかもしれませんが、
それは、私が目指しているところと、ちょっと、違います。
いずれにしても、これから何ができるかは分からないけれど、
この旅で得たものを活かすという決意をして、
大窪寺を後にしました。


帰り道、さぬき市内の多和神社で道順を検索すると、
志度の市街の多和神社を示し、
地籍が前山多和の神社の位置を示してくれません。
仕方ないので、見当を付けて、村の中に入って行きました。
そこにあった多和神社は、
鎮守の森もない小さな神社でした。

私が。「多和」という言葉に魅力を感じたのは、
『和』というのが『命』だというイメージが浮かんだからです。
そう、この世界は沢山の命の和の重なり合いでできています。
ひとつひとつの和が宇宙です。
沢山の次元の宇宙が重なり合い、大宇宙を構成しています。
私は和のひとつに過ぎません。
ひとつひとつの命がひとつの和です。
そんなイメージが浮かんだことから、
四国で最後に寄る神社としてふさわしいのではないかと思ったのでした。

その小さなお社の前に賽銭箱がありませんでした。
オヤッと思って、前の引き戸を引くと開きます。
それで、靴を脱いで上がり、
更に内側のもう一つの引き戸も開けて中に入り、
そこで、賽銭を納め、正座して、祈らせて頂きました。
誰も居ないので安心して大きな声で、祈りを唱えさせて頂きました。
声がお堂の中で響き、なんだか不思議な気分になりました。

小さいながらも、不思議な体験をさせて頂きました。


この讃岐の地を去る前に、
最後に旨いうどんを食べたいと思いました。
で、スマホで検索すると、
食べブログで高得点を得ている「門家」という店がありました。
高松港に行くには少し遠回りになりますが、
行ってみることにしました。

結構歴史のある店のようで店の造りが古めかしく重々しいものがありました。
仏頂面の親父と、やはり愛想のないおじさんの二人でやっています。
「何がお勧めなの?」と訊くと、 「どれでも。」と言って終わり、
せっかく食べるのですから素うどんではつまらないと考え、
じゃあ定番と言うところで、野菜天ぷらうどんを注文しました。

汁は出しが利いていて、至極美味しかったです。
そして、天ぷらは揚げたて熱々で、表面がさくさくしており、
セルフのうどん屋のさめてべたっとした天ぷらとは大違いでした。
うどんはちょっと細めだけれどなめらかで腰があり、
ツルツル腹に収まっていきました。

際だって、何かの特徴があるといううどんではなかったですが、
とても美味しいうどんだと思いました。
普通を極めた感じです。。

親父に「美味しかったよ。ありがとう。」とにこっとしましたが、
まったく動じず、ニコともしませんでした。
このぶっちょうずらがこの方のスタイルのようです。

あっこの人も、昨日の、金色の納め札を探していた方と一緒だ。
と思いました。
私が、「その仏頂面は良くない。」
と言ったところで無駄なのです。
何しろ、そのぶっちょうずらで、
さぬきで食べブログランキング一位を獲得しているのですから、
私がの一言よりも多くの支持者の指示の方が大きいでしょう。

これからも、この店は、
このご主人の仏頂面によって支えられて行くのでしょう。



志度の市内に「ハタダの栗タルト」の看板がありました。
この、「ハタダの栗タルト」と、「十六タルト」は、
愛媛に入ってから頻繁に見た店ですが、
結局入って味をみることができませんでした。
これが最後の機会と思い、その店に立ち寄ってみました。

そして、味を見れるだけで良いから、と言って
180円の御栗タルトと95円の栗タルトをひとつずつ頂きました。
店のお姉さん、親切にも、お茶と、更にコーヒーまで出してくれました。
この栗タルト、やっぱり、
180円の御栗タルトが大きな栗が入っていて美味しかったです。
さすがに倍の値段の違いがあります。
どちらにも、柚子の香りが着いていて、
柚子好きの私にはある意味嬉しかったのですが、
その柚子が、なんだか人工的な味がして、
逆に味を損なっているような気がしました。

お茶だけでなく、コーヒーまで頂いてしまったので、
もう一つ黒豆のタルト150円も頂きました。
これは、餡がとても良かった。柔らかな黒豆と絡んで
なかなかのお味でした。
栗タルトの餡と大分違うね。
と言うと、栗の味を生かすために、
栗タルトの餡はあっさりした感じに仕上げてあるのだそうです。
餡の味を楽しみたい人には、黒豆のタルトはお勧めです。

出てくる時に、「ミカン大福」をお土産にひとつ頂きました。
なんてサービスの良い店なのでしょう。
有り難く、船の上で頂くと言って出てきました。

そして、これがとっても美味しかったです。
イチゴ大福を始めて食べた時の感激に似ています。
大福の皮に包まれたミカンが甘くてジューシーで、
おそらく季節限定の商品だと思います。
ハタダのHPにも出ていません。
でも、超お勧めです。
地方発送があれば、お菓子好きな方へのお礼に贈りたい品のひとつです。

これを食べて、なんて私は恵まれているんだろうと思いました。
お遍路さんということで、四国の習慣で接待頂いているのかもしれませんが、
値段を知らないですが、結構良いお値段のお菓子だと思うのに、
大した買い物をしていない私に、親やコーヒーのサービスをして頂いた上に、
大福のお土産まで頂いて、
私は、ハタダの大ファンになりました。
四国に行ったら、是非またハタダでお菓子を買いたいと思います。


志度に着ていたので、先ほど、検索して最初に出てきた
志度の街の中にある『多和神社』にも寄ってみました。

境内へのアプローチがとても長い神社でした。
大きな神社で驚きました。
志度の街を見下ろすようにあり、志度の守り神様がいらっしゃる。
そういうイメージを抱いた神社です。

神社の参道に踏み込むと、
砂利も敷かれていない参道はあちこちに水溜まりがあり
石でできた階段も、しっとり濡れていました。
つい先ほどまで、この辺には雨が降っていたようです。
わざわざ、雨を避けるようにして、私は進んできたのでしょうか?
結局今日は、ほとんど濡れることがありませんでした。

多和神社への参道はカギ字に曲がっており、
曲がった先からは街頭も、月の明かりもなく
真っ暗になってしまいました。
ヘッドライトの明かりを頼りに参拝してきました。



ここで受け取ったメッセージ

この世界は、面白い人種が生きていて
この世界を共有している。
というのが分かるだろ。
お前はそういう人々の生き様、考え方にも興味があって、
この世界で生きていくことを選んでいる。
批判されようと、諭されようと、
そういう奴らはその生き方を止めたりしない。

お前が批判したりすれば、
そいつらはただお前を厭な奴と思うだけ、
お前の価値観で奴らを縛ろうとしても無駄。
お前が、そいつらの生き様、考え方を
満腹となり、ゲップが出るほど飲み込むことができた時、
そいつらは生き方を変えることはあるかもしれないが、
それはまだ、先の先のこと。
しっかりと、彼らの視点からその世界を味わいなさい。


高松港には10時頃着きました。
前の船が出た後で、1時間待って宇野港に向けて出航しました。

船を降り、玉野市の市民体育館の裏側に
屋根のある使われていないスペースを見つけ
そこにテントを張りました。

何とか、今日の内に本州に渡ることができました。


本日の走行距離は、69kmでした。

今回、四国を旅してみて、
四国の太平洋岸側と、瀬戸内海側の賑やかさが
まったく違うのに驚きました。
徳島県から高知県、愛媛県と、太平洋に面したところは、
何処も、火が消えたようになっており、
マクドナルドに行き着くのに苦労しました。
ところが、愛媛県の松山を過ぎ、今治から徳島までの間は、
マクドナルドに行き着くのにそれほど苦労せずに済みました。

まるで、山陽と山陰、東海地方と、北陸地方の違いがありました。
現代の政治が、個人ではなく、企業、
特に大企業を優遇する政策が続く限り
いくら地方の活性化などと声を上げていたとしても、
この状況は変わっては行かないだろうと、思いました。

早く、国民配当(ベーシックインカム)が実施されるような時代が訪れて、
地方が元気になって欲しいと願わずには居られません。



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テーマ : 自転車旅行
ジャンル : 旅行

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プロフィール

ねこって

Author:ねこって
 世に巣喰う(金融,医療,エネルギー等の)利権を排除し、メディアによる染脳から脱却し、オルタナティブな社会の実現を目指しています。
 キーワード、国民配当(ベーシックインカム)、千島学説、地球環境蘇生運動 

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