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お遍路旅45日目

2月 7日

淡路島の東浦文化館の軒下で1時と、
私にしては比較的早い時間に寝ています。
ところが目が覚めたのは7時直前でした。
小鳥の鳴き声で目が覚めました。

自転車で旅をしている夢を見ていた気がします。

当たりはしっかり明るくなっています。
昨日テントを広げようかと考えて止めた
地産市場の搬入口には頻繁に人の出入りがありました。
そこにテントを張らなくて良かったです。

気温は朝から8℃ありました。
これだけ気温が高いととても楽です。
上着を羽織らなくてもそれほど寒くありません。

今回の旅で一番寒かったのは木曽街道、
次が、12月中頃の那智の本宮の付近でした。

徳島県の12番焼山寺、愛媛県の60番横峰寺、66番雲辺寺が寒かった
とは言っても、その寺の付近だけの話で、
麓ではそれほど寒くはありませんでした。


テントを片づけながら、
思いつくことを書き留めています。
一昨日のスーパーでのことを引きずっています。


87番の長尾寺で金色の札を持っていく夫婦も
仏頂面のうどん屋の親父も、
彼らはそれで利益を受けている。
そう感じていて、それを意識的に、
そして習慣的にやっている。

私がなんと言おうが、
私の一言でその世界観を変えるなんてことはあり得ないでしょう。
実際に門家の親父は、その仏頂面で、
さぬき市でのうどん屋ランキングNo1の地位を得ていいました。

私があまり、見たくない、遭いたくない人たちだって、
こうして私が会っておかなければならなかった人たちとして
必要とされ、遭うことになっていました。
それは、自分を省みるのに必要な人たちでした。

私が怒りを発してしまうのも、
私の習慣的なところで、
意識していたか、していなかったかは定かでなくても
これまでメリットを感じていたからこそ、
積み重ねられ続いてきた習慣です。

NLP(神経言語プログラミング)などを使えば、
一瞬にして変えてしまうことも可能なのかもしれないですが、
怒りという自分からの視点を離れて、
自分以外の周りから見た世界に視点を移せるようになるには、
まだ暫く掛かりそうです。

常に意識して、怒りが沸いた時、
怒りに捕らわれず、目的にとらわれず、気持ちに余裕を与え、
他から見える世界に視点を移す努力をしていくことで、
その習慣は変えていくことができると思っています。

日常生活の中で
視点をさらっと周り、相手に向ける方がメリットが大きいと
無意識的に、習慣的に思うようになるまで、
意識して視点を移すことを繰り返していく。
それがこれからの私の課題であり、
それが、このお遍路で胎児として私の中に生み出され、
生まれ出ようとしているものだと思っています。
そして、それを、今後、育てはぐくんで行くことが
私の仕事となります。

そんなことをメモりながら、
普段より時間を掛けてテント、寝具、調理具を片づけ、
9時になんとか、ねぐらの、ひがしうら文化館を出ました。

最初に訪れたのが志筑にある八幡寺です。
八幡神社と言うのは良く訊くけれど、
八幡寺というのはどんなお寺なのかと興味を抱いて行きました。

するとどうでしょう。入口がなんと、鳥居です。
八幡さんが本尊になって居る?
それは良いけれど、まず、トイレに行きたい!
今朝はなんだかトイレが近いなーと思いつつ、
寺の周りをトイレを探しましたが、トイレが見つかりません。
それじゃあ、仕方ないからと、
人目につかない寺の裏側に行こうと、裏側に回るべく、
寺の脇の坂道を登っていきました。
なんと、そこには、八幡神社が在りました。
あらら、です。
トイレを探さなければ、その八幡様には挨拶ができませんでした。
そして、その、幡神社にはトイレがありました。

なんでしょう。
私には、完全に仕組まれているように思えます。
その足で、先に八幡神社に参拝してから、
八幡寺も参拝しました。

八幡寺では本殿が開いていたので、
本殿に座らせて頂き、
拝ませて頂きました。
私が入ると、奥の方でチャイムが鳴っていましたが、
誰も来ませんでした。
しっかり静かな環境の中で参拝させて頂きました。


その、八幡様を参拝していて思ったこと。
 (一昨日の事件を引きずり続けて居ます。)
大事なのは、
「怒りや怖れが湧いた時、
 常に、『自分』という視点を外すこと」

改めて、そのことをさらっと思い出したり、
気づけたりすることができきるようになることが
テーマだと、思いました。

何かで、NLP(神経言語プログラミング)でいう
アンカリングをができると良いんだろうなー。
それで、あっと、気づいて、我を取り戻せる。

どなたか、この場合のうまいアンカリングを
知っている方が居りましたら、教えて頂けると嬉しいです。



そこから、次の目的地となっている「せきれいの里」
というところを目指しました。
この「せきれいの里」は、「伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)」の
一売店でしかなかったのですが、
何故か、私がネットで調べた時には、
その売店名がパワースポットとして上がっていて、
星が沢山ついていました。
https://plus.google.com/103673614244599915712/about?gl=jp&hl=ja
  改めて調べてみると、
  現在はちゃんと、「せきれいの里」ではなく、「伊弉諾神宮」になっています。

昨夜、マクドナルドで改めて調べていて、
それが伊弉諾神宮だと知り、
そりゃ、当然だろうと思った訳ですが、
何故、伊弉諾神宮の売店がパワースポットとなっていたのかが
気になっていました。
宮司さんが何かその売店で売る品に力を入れているのでしょうか?


その、伊弉諾神宮を目指す途中で、
信号名に「天神宮」と書いてあるところに出て、
その、天神宮が気になりました。
その交差点には、「しずかの森公園」と言う公園がありました。
その公園の中に天神様がいらっしゃるのかな?
と思って、その公園をちょっと散歩してみましたが、
そこは、静御前という源義経のお妾さんの墓地がある地でした。
その売店のおばさんが、外で、片付けをしています。
まあいいやと、思って、そのまま立ち去ろうかと思いましたが、
一旦公園の外に出てから、
それでも気になったので、その売店まで戻って行って、そのおばさんに、
「この付近に天神様がいらっしゃるんですか?」
と尋ねると、
私が進もうと思っていた道とは違う方の道を100mほど行った右側に
神社があると教えて頂きました。
実際には、3,400m程行きましたが、
神社を示す小さな標識がありその先に神社がありました。

驚きました。
そこには、大きな大きな古木がありました。楠でしょうか?
かなり枝を切られ弱っているのが伺えます。
そりゃそうです。
根本を車に走られ、根が息できていません。

神社の境内には、更に大きな古木がそびえていました。
完全に、私は、この古木に呼ばれてきたと思いました。
こちらの方が先に出会った古木よりは元気ですが、
それでも弱っているのを感じます。

どうしたって、
私はこの古木に呼ばれた気がしてなりません。
最近の人々の浅はかさにより、
ご神木となっている神社の古木が、
どれもこれも、苦しんでいるのを感じます。
これでは、気を人に与えることなどできなくなりつつある。
そう思わざるを得ません。

伊弉諾神宮に4,5km近づいてきたところから、
道路の両側に、石灯籠が建ち並び始めました。
最初は、伊弉諾神宮のためものだとは考えず、
近くに神社でもあるのかな?
と思ったのですが、結局、それは伊弉諾神宮まで続いていました。


「伊弉諾神宮」はさすがに、
日本を作った神様ということで、
広い境内を持っています。

入口に、「さざれ石」がありました。
苔はむしていません。
亀の口から水を噴き上げている池があったり、
広く穏やかな神社だなー。という程度の印象を得ながら
参拝を済ませました。

そこで、構内の工事に来ている方々でしょうか?
その方達に向かって、
「『せきれいの里』ってどこにあるんですか?」
と尋ねました。
その内の一人が、
売店の名前が「そういえば、『せきれいの里』だったねと言って、
その場所を教えてくれました。
どうも、それほど特別な売店という訳でもなさそうです。

実際に売店に行ってみると、
特段何かあるという売店ではありませんでした。
ごくごく普通のおみやげ物やさんで、
パワースポットとして特別あげるような商品を並べている訳でもありません。
普通なら、私は無視して入らず、なにも買わずに出ていくお店です。

せっかくなので、そのお店で、
大阪の甥っ子のところに泊めて貰うことにしているので、
お菓子と、麹漬けをお土産として買いました。

そして、会計する時に、
インターネットのパワースポットとして、
「伊弉諾神宮ではなく、この売店「せきれいの里」が挙がっていたんですよ。」
という話をしました。
すると、そこの元気なお姉さんが、おもしろがって、
「私が、この神社の参拝のポイント、順路などを
 紹介しているせいじゃないですか?」と言って、
「オオクスは観てきましたか?」と尋ねられました。
「それは大きな楠ですか?」と尋ね返すと、
「ここの大楠は、別々の二本の木が一体化した
 珍しいものだと教えて頂きました。」

それは、行かない訳にはいきません。
危うく、大楠様にお会いできないままこの地を去るところでした。
ちゃんと、大楠様にお会いできるように、
導いてくれているかのようです。

そして、その『夫婦大楠』様にお会いしてきました。
樹齢一千年と言われていますが、それほど太くはありません。
人がその古木の根元に来ては幹を撫でていきます。
私は、幹には近づかず、その祠と、古木に向かって、
導いて下さったお礼を伝え、私の祈りを捧げさせて頂きました。

おそらく、この神社にとって、
この古木がパワーを発している中心になっているのだろうと
私は思いました。


さて、この古木のことを教えて頂いたので、
そのお礼を言う為に、再び「せきれいの里」に伺いました。
そして、入口で売っていた一袋200円のミカンを買い、
お礼を言うと、
「大楠の幹に触ってきましたか?」と言うので、
「いいえ、私は幹には触りません。遠くから眺めるだけです。」
と言うと、びっくりされるので、
「大楠のパワーというのは、
 大楠の根が張っている数十メートルの範囲ですっぽりと覆われていて、
 大楠の幹に触らなくても、その根の上に立つことで
 パワーを頂くことができるんです。
 木の幹に触らなければ気が済まない人は、
 実は何も感じることなんかできていないんです。」
と、言うと、とても感心されて、
「良い話を聞けたと喜んで下さいました。」
すると、隣にいたおじさんが
「宮司さんが、大楠が弱っているのでどうしようか悩んでいて、
 そうやって大楠の幹に触れに来る方が居るので
 立ち入り禁止にする訳にいかないと悩んで居られる。」
という話をして下さいました。

それで、私は言いました。
「立ち入り禁止にしてください。
 木を枯らすと言うことは、この地の気を枯らすことになるんです。」
と力説させて頂きました。
その話にも大層、感心されて、喜んで頂きました。

どうやら、私は、この話をするために、
ここに呼ばれていたようです。
これを機に、大楠様の根元が保護されて、
少しでも大楠様が息をしやすくなってくれればと願います。

このこと、とても深い縁を感じました。
わざわざ、「せきれいの里」に寄るよう仕向け、
私に、古木の周りを立ち入り禁止にすることを伝えて貰いたくて、
設定したようなことが起こっています。

ここまで、私が古木に呼ばれる理由は何だろうかと、
考えざるを得なくなってきています。
やはり、私は、木を、そして、森を守ったり造ったりする仕事を
しなければならなくなっているかもしれません。
それをして欲しくて、
『古木たちが私を導いている。』
そのように思えてきています。

それは、ネパールに行って、Dr.阿倍の仕事を引き継ぐことなのか、
放射能に汚れた福島の地で、森林を育てる仕事になるのか、
それはまだ分かりません。
でも、私を導いてくれている古木たちは、
私にそのような森に係わる仕事をして貰いたがっているんだろう
と言うことを、
このことから強く考えるようになりました。



その後、
「パルシェ香りの湯」という温泉に向かいました。
今日はこの温泉に寄るか、
明石に渡って、神戸まで走り、
有馬温泉の銀の湯にでも入ろうか、迷いましたが、
パルシェ香りの湯には普通の温泉にはない
ハーブ湯が楽しめるということで、
淡路島まで来ることは今後なさそうだということもあり、
パルシェ香りの湯に入って行くことにしました。

パルシェ香りの湯までの道のり、距離は8km程度のものでしたが、
伊弉諾神宮から、ずっと登り坂が続きます。
複雑な狭い道を、息せき切って登っていきました。
道順は複雑ですが、要所要所に
パルシェが立てた赤紫の目立つ案内表示があったので、
迷うことはありませんでした。
これは、有り難かったです。

道の途中に、2月5,6日は休業との表示がありました。
今日は7日、必ず営業しています。
有り難いねー。導かれているねー。と感謝しながら、
坂道を、汗をかきかき登りました。

パルシェ香りの湯、ハーブ園は、眺めの良い地にありました。
さすがにハーブは、平地では作っていません。
それだけで、山の上を想像すべきでした。

この『パルシェ香りの湯』とても、良かったですよ。
超お薦めの温泉です。
特に、昼間に入るべきです。
なぜかって、眺めが良いから、
夜景の眺められる地ではないので、その眺めは昼間だけです。
内風呂からも、露天風呂からも眺められます。
露天風呂には、三種類のハーブ湯が用意されていました。
今日は、レモングラス、フェンネル、ラベンダーでした。
それぞれの湯船の中に、ハーブを摘めた袋が放り込まれています。
それを揉んだり抱えたりして遊びながら、
湯気が立ち上る時に香る香りを楽しませて頂きました。

中でも一番気に入ったのは、
露天風呂にある一番小さな湯船です。
そこは四阿になっていて、その四阿の天井に絵が描かれています。
近くの中学校の美術部の生徒さんたちが描いたもののようですが、
明るい色彩の、地中海の空風景を思わせる雰囲気を醸す
その四阿の構造と絵が私に、
幻想的な地中海の碧い海、蒼い空の世界に今居て、
そこで湯船に浸かっているような気分にさせてくれました。

それは、そこにあって、気持ち良い空間を空間を作り上げています。
その絵の周りには様々なハーブも描かれていて、楽しい風呂です。
とても、良かったです。
この風呂は湯船が小さいおかげに、
ラベンダーの袋が入っている湯船でしたが、
ラベンダーの香りが心地良く嗅ぐわれ、
湯温も比較的にあったことから、
この湯と、水風呂を繰り返し入らせて頂きました。
高地の水は冷たく、身体を冷やすには時間が掛かりませんでした。

結局、そのパルシェ香りの湯では、
2時頃から4時過ぎまで過ごしました。
この旅の中で一番気に入った風呂です。
入浴料は600円と普通のスーパー銭湯並です。

淡路島に行かれる方は、是非寄ってみて下さい。
とても爽快な気分になれると思います。

そこから、再び本州に渡るために、岩屋港に向かいます。
17:20の船に乗れれば、
昨日入れなかった「今中」という明石焼きの店に入れそうです。
距離は25km、風呂に入ったばかりなのに汗だくになって、
必死にペダルを漕いで、岩屋港に向かいました。
風は強い南西からの風が吹いており、
私の進むのを応援してくれているみたいでした。

途中で太陽が沈み掛けるのが見えました。
この道は、「サンセットビューライン」という別名が着いているようです。
ひとしきり、沈む太陽にご挨拶をして、
岩屋港に辿り着きましたが、
淡路島に渡った時と同様にあわただしく
切符を買って乗り場に向かうと、
目の前を船が出て行ってしまいました。
これで一時間待たないとならないと、がっかりしたところで、
20分後に小型船が出るから大丈夫だよ。
と、期待させられましたが、
小型船は強風のため波が高くなり、欠航してしまいました。
結局、乗れたのは18:00丁度の便でした。
おかげで、この待合室を離れることができず、
所在なく、待合室で過ごしま「した。

常に、私の期待通りに物事が進む訳ではないことを
教えて下さったかのようです。


明石港に着き、「今中」に向かいましたが、やはり閉まっていました。
その店の向かい側に、「伊弉諾神社」がありました。
大本の「伊弉諾神宮」に今日寄ったばかり、
何か導かれているようなそんな気がして参拝させて頂きました。
どうせ、導いてくれるなら、
今中の明石焼きも食べたかったなーとは思いましたが・・・、

仕方なく、明石焼き通りともいえるアーケード街に入りましたが、
ほとんどの店がシャッターを下ろし閉店してしまっていました。
その中に、「たこ磯」という明石焼きの人気店は営業していました。
味そのものは、昨日の「ふなまち」さんの方が美味しいと思いましたが、
こちらは、薬味に三つ葉が沢山付いてきて、
その味香りがさっぱりしていて良かったです。



その後、神戸市の高取神社に向かいました。
神戸市内に入り、マクドナルドに入りました。
そこには良い場所にコンセントがなかったので、
携帯だけ充電し、PCはバッテリーで使いました。


近くの高速道路のガード下が野営ポイントになるとは思いましたが、
翌日110km走って、甥っ子の家に行かなければなりません。
あまり遅い時間に着くのは迷惑になるので、早めに出たい。
そう思ったところで、マクドナルドで徹夜することにしました。

夜半になっても、大学生が試験準備で集まっていて、
とても賑やかなマクドナルドでした。
おかげで、大して眠くなることもなく、
一夜を過ごすことができました。



本日の走行距離は、70kmでした。
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テーマ : 自転車旅行
ジャンル : 旅行

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プロフィール

ねこって

Author:ねこって
 世に巣喰う(金融,医療,エネルギー等の)利権を排除し、メディアによる染脳から脱却し、オルタナティブな社会の実現を目指しています。
 キーワード、国民配当(ベーシックインカム)、千島学説、地球環境蘇生運動 

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